ルビー
腕を緩めて、彼を解放した。
目の前にちょこんと座っているカルマは、依然としてグラディウスを見つめている。
グラディウスは少し頭を掻いてから、カルマに向かって、言った。
「カルマ、ちょっと口を開けてくれるかな。」
言われた方は(理由も聞かずに)素直に口を開けたのだが、
その姿を見て、ねずみ色の髪の青年はおかしそうに笑って、告げた。
「ごはん食べるわけじゃないから、そんなに開けなくてもいいよ。」
すると彼は口を閉じて、ほんの少しだけ、薄く口を開けた。
満足そうに、うんうんとうなずいてから、長身の青年は相手の後頭部を抱えて、
再び口付けた。
開いた空間から舌を差し入れて、相手の口内を侵食する。
カルマは、苦しそうだった。んんんと声にならない声をあげて
いるのだが、グラディウスはそんなことはお構いなしで、相手を
離さなかった。
ねずみ色の髪の青年は、やけに冷静に、今の状況を把握する。
(男相手に、欲情することが出来るんだなぁ。)
もちろんそれは、誰にでも、というわけではなく、相手が
「彼」だからなのだろうが。
そしてカルマも、相手が「彼」だから、そんな行為を許している
のだろう。
しばらくしてから、やっとグラディウスは顔を離した。
ハー、とカルマは、大げさに息をする。
そんな様子に、グラディウスはまた笑って、こう言った。
「今さら言うのも、何なんだけどさ。
君、‘何‘に腰掛けているか、分かってる?
分かってて、座ってるのかな・・・?」
ぐい、と顔を近づける。相手の顔を覗きこむように。
言われた方は、意味が分かったのかどうか不明だが、
顔を背けずに、そのままの状態で、相手の顔が近づいてくる
のを見ていた。
カルマは、グラディウスの瞳の色が、違う色に見えた。
本当は同じグレーなのだが、目つきが変わったから、そういう
風に見えたのだ。
欲望に忠実な、本来の彼の顔・・・。
この青年カルマは、色恋というものが分からなくとも、
そういう知識がなかったわけでは、ない。
望まないのに、知っていた。それは不幸なことだった。
知らざるをえなかったのだから。
目の前の男が、そういうことを望んでいるのは、
さっきからうすうす感じていたので、
カルマは、頭を後ろに反らして、そのままバタンと後方に倒れた。
「・・・・・・・・。」
ふたりきりになって、何度目かの沈黙。
仰向けに寝そべっている相手の顔を、上方からグラディウスは覗きこむ。
カルマの、髪を縛っている紐がほどけて、黒い髪が白いシーツ
の上に四方に広がる。
それを、綺麗だとグラディウスは思った。
ここで、どうだと聞くのは野暮だと思った。
少なくとも、対女性に置き換えてみたら、野暮だ。
だからといって聞かないのも、何だかすっきりしないと
グラディウスは思う。
雰囲気を壊さないように、とは思ったが、はじめから
雰囲気も何もあったものではないので、相手の目を見つめて、
長身の青年は、言う。
「嫌だったら、言ってね。」
そうは言ったが、実際、自分の「素」が出そうになっていて、
相手を気遣う余裕などないような気もしたのだが、とりあえず
そう言った。
カルマの方は、割と落ち着いた様子で、あぁとだけ返事をした。
想い人の白い両頬に手をあてて、鼻先にキスをする。
それから頬、耳の下、首筋、と下がっていって、彼の服を
開けて、シャツを降ろして、鎖骨に口付けた。
「嫌じゃない?」
吸い付くようにキスをして、肌に痕を残しながら、グラディウスはそう確認する。
カルマは首を振っていた。質問の答えというよりは、くすぐったくて
している反応だ。
口付けるたびにグラディウスがそう言うので、しばらくしてからカルマは言った。
「グラディウス、面倒くさいから、いちいち聞かなくていい。」
その言葉を聞いて、グラディウスはまた笑った。
「分かった」と答えて。
好きだ、好きだと、何度も愛を告げる。
こんなに想いを声に出して言ったのは、初めてだった。
優しく、ゆっくりと彼を愛してあげたかったけど、
自分の方が限界で、「せっぱつまってしまった」と、グラディウスは思う。
自らの衣服もずらして、彼を抱えた。
「カルマ、僕にしがみついて・・・。」
・・・・・・・・・・・・・・・・・
「ーーーーーーーっ!!!」
(あぁ、何故神は、彼を空から手放したのだろう。
僕が穢してしまうのに・・・。)
***
ねずみ色の髪の青年が目を覚ますと、横でカルマが仰向けに寝ていた。
彼が「仰向け」で眠っているのを、初めてみた、とグラディウスは考えた。
体の上にかけてあるシーツの隙間から、少し「痕」のある肌が見えて、
その痕は自分でつけたものだろうに、考えると妙に恥ずかしくなって、
隠すようにシーツを引っ張りあげた。
起こさないようにゆっくり寝台を出たつもりだったのだが、
隣人は目を覚まして、相手に向かって言う。
「あぁ、おはよう・・・。」
それはごく、普通の挨拶だ。幾分か、けだるそうな以外は、いつもと何ら変わりない。
グラディウスもおはようと返事をした。
何か飲む?とグラディウスは続けて聞いたのだが、それに対しカルマは、非常に彼らしいことを言った。
「腹が減った・・・。何か作ってくれ。」
彼の言葉が「何か食べたい」でも「何か食べよう」でも、
「何か作る、な」でもなく、「何か作ってくれ」なのには、訳がある。
黒髪の青年は続けた。
「ここまで、持ってきてくれないか。
・・・・立てない。」
それを聞いてグラディウスは、照れ笑いを浮かべた。
名称は何なのだか良く分からないが、とにかく野菜やらソーセージやら、いろいろ煮込んであるスープのような
ものを作って、グラディウスは相手の元まで運んできた。
カルマは上体を起こして、上はシャツをはおり、あぐらをかいて、ベッドに座っていた。
ただ、髪がぐしゃぐしゃのままなので、いつもとは違った印象を受ける。
持ってきてくれた相手を、乱れた髪をかきあげて一瞥してから、
ありがとうと礼を言って、カルマは素直にスープを飲む。
グラディウスはほんのたまに、それも自分のためにしか料理をしないので、
他人にごちそうするほど、腕に自信はなかった。
が、カルマはおいしそうに、それを飲んでいた。
動けないと言った相手に、「ごめん」と言おうかと考えたが、
グラディウスは相手に「ひどいこと」はしていても、「悪いこと」をした気はないので、謝るのはやめた。
謝れば、逆に失礼になるじゃないか、と思ったから。
どん、と寝台に腰掛けて、未だ食事中の彼に向かって、言う。
「あの・・・カルマ。」
「何だ?」
「その・・・、ごめん。」
しかし何故か、やっぱり謝ってしまった。
赤い目の青年は、食器から口を離して、相手の顔を見て、尋ねる。
「何で謝るんだ?」
「あ、いやっ!その・・・・!」
聞かれると、答えようが無い。
しかしカルマは、次に衝撃的なことを口にするのだ。
「いいんだ、お前はわたしの体が欲しかったんだろ。」
***
グラディウスはその言葉に、違和感を感じた。
(・・・・・・何だろ。)
数秒考えてから、グラディウスは声を出した。
「カルマ、それは違う。」
「違うのか?」と黒髪の彼は返した。
カルマは眉をひそめて、続ける。
「欲しくないのに、奪ったのか、お前?」
「それも違う!!」とグラディウスは叫ぶ。
カルマは、ますます怪訝な顔をしていた。
「まずい」とグラディウスは思った。
「行き違い」があると感じた。だから彼は慌てて言った。
「僕はもちろん、君の全部が欲しくて、だから、昨日は、ああいうことを・・・。
別に、体だけが目当てだったわけじゃ・・・!」
するとカルマは、ピシャッと言う。
「だから、お前も分からんやつだな。
わたしは、好きとかどうとか感じることが出来ないタチだから、
心とか、間接的なものはやれないんだよ。
で、代わりに、身体という直接的なものをやったんだろ。
それで納得できないか?」
カルマは、腕を組んでいる。グラディウスはガクッと肩を落とした。
誤解されてる・・・・・。
そんなもので満足できるはずがないのに。
つかめない、心の方が欲しかったのに。
勝手に、代用論を掲げられてしまった。
(手にキスするくらいで、満足しておくべきだったのかも・・・。)
最初から最後まで、飛び抜かしてしまったから。
ボードゲームで一回ダイスを振って、すぐ「あがり」に行ってしまったら、
全然楽しくないのと同じで、結果が先に行きすぎた。
あぁ、どうしよう、と振りかえって、天を仰いでグラディウスはつぶやく。
この青年、グラディウスが苦労することになるのは、
想い人が同性だからでも、色恋が分からないタチであるからでもなく、
相手の性格が、 天 然 だということだった。
長身の青年は何やらうなっていたが、当のカルマは、作ってもらったスープが美味しかったので、
「お前、腕いいじゃないか」と相手を誉めたが、その声も、グラディウスには届いていない。
外では小鳥が鳴いている。彼らはまた、探索に出るのだろう。
いつもと変わらぬ冒険者たち。そう、変わらない。
**END**
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