銀の盃 12


「ノエル14」

ノエル・シルバー   幼年学校の生徒。14歳。
アレス・リッテル   同上。



< 1 >

身寄りの無い、黒い髪のひとりの少女がいて、名をノエルと言った。
正確には、その子に名はなかったので、保護したものが、ノエルという名をつけた。
少女は、シルバーという家に養子にいくはずだったのだが、それを断念せざるを えない状況に陥り、
「また、いい所を探すよ」という大人の言葉に、首を振ったのだ。

”いい、もういらないよ。”
ありがとう。というのが、自分を気遣ってくれた人への、言葉で。
”ぜいたくはいわないから”
そう、突然つぶやいてから、無垢な表情の、子供は言ったのだ。

”ぜいたくはいわないから、ここにおいてください。”

***

ノエル・シルバーは、ベッドに寝転がって、天井を眺めている。
ふいに、昔のことを思い出していた。

ここは、全寮制の幼年学校の宿舎である。 ただ、ノエルの部屋は、1階の隅の、元々管理人室だった古い部屋で、狭いながらも、 バスとトイレが付いている。
だから、”少年でない”ノエルが、ひとり暮らしていても、何ら問題はない。
他の寮生の部屋からは遠いのに、この部屋に毎日のように来る、人物がいた。
それは・・・。

ノックの音がした。
続けて、「ノエルー?」という澄んだ少年の声がする。
「どうぞ。」と、部屋の主は答えた。

茶色の髪に、緑玉石色の目をした少年が微笑みながら入ってきた。彼は言う。
「ノエル、この前の試験の結果が出たらしいけど、もう見た?」
「いや、まだだ。」
「じゃあ、今から一緒に見にいかないか?」
そう、少年アレス・リッテルは提案した。

***

掲示板に貼り出された3枚の用紙を、多くの生徒が見上げている。
一番右の結果、筆記 <言語学・歴史・現代社会・数学・物理・芸術 600点満点>
を見て、ノエルは言った。
「やはり、お前の587点が最高点だ。」
アレスは、
「君は552点だけど、何で48点も落としたんだぃ?
数学と物理、見せてもらったけど、満点だったじゃないか。」
と、尋ねた。ノエルは答える。
「現代社会で30点以上落とした。私の頭は、一般常識が足らんからな。」

二人は、真ん中の紙に、視線を移した。
実技 <白兵戦・射撃・基礎運動能力 300点満点>
「すごいな君、満点だよ。どうやったら、そんなに点がとれるんだぃ?」
と、アレスは、冗談めかして言う。
ノエルは、私にはこれくらいしか取り柄がない、と言った。

「それで、総合成績は〜?」
アレスは言って、一番左の用紙をのぞき込んだ。
「いつもながら、接戦だねぇ。」
アレスはつぶやく。もちろん、自分とノエルのことを言っているのだ。

1 ノエル・シルバー       (3組) 852点
2 アレス・リッテル       (1組) 844点
3 フリードリッヒ・ハウプト   (3組) 788点
4 ・・・


「また僕の負けか。」
と、アレスがつぶやいたので、ノエルはこう聞いた。
「お前は順位を気にするタチなのか?」

え?とアレスは言ってから、
「いいや、違うよ。」
と答えた。彼は続けた。「僕はハウプトとは違うもの。」

おーい、という声がして、数人の少年がノエルたちに手を振りながら、近づいてきた。
ノエルは、「私は外そう。」と言って、少年たちの来る反対の方向に、歩いていこうとする。
「あ、待ってよ!」
とアレスは言ったが、ノエルは振り向かずに、
「用があるなら、またあとで部屋に来い。」
と言って、去っていった。
アレスは黙って、ノエルの後ろ姿を見送る。
少年たちがアレスのそばまでやってきて、1人が言う。

「お前、あのシルバーと、よく話せるな?」
アレスが、それはどういう意味?と聞いたので、他の少年が答えた。
「あいつ、上級生とも平気でケンカするような奴だぞ?」
それを聞いて、アレスは言った。
「知ってるよ、でもそれはもう昔のことだよ。ここ1年は、ケンカしてないし。」
そういうことを言ってるんじゃない、と1人が言うと、アレスは告げた

「君たちが思ってるほど、怖い人じゃないよ。ちょっと人見知りなだけ。付き合ってみれば分かるよ。」
「随分、奴の肩を持つんだな。」
と、また他の少年が言うと、アレスは、「だって友達だもの。」と言って、笑う。

なんとなくはっきりしない表情をしつつも、アレスの友人たちはそこで話をいったん止めて、 試験の結果を見た。
「やっぱ、お前が1番だよな。」
と1人が言ったので、アレスは訂正する。
「僕は2番だよ、1番はノエル。」
そうか?と何人かが、言う。

1人が、
「お前、奴のことを名前で呼んでるんだな。」
と小さく聞くと、アレスは答えた。
「だって、同じ年じゃないか。君たちも、僕のことアレスって呼ぶだろう?」
そうだが・・・と、アレスの友人たちはつぶやく。

別にこの少年たちでなくとも、ノエル・シルバーとアレス・リッテルの2人が、 友人であることに、疑問をもつ者は多い。
前者は、ケンカや飲酒で何度も”生徒指導室”に呼び出されたことのある人物であり、 後者は成績優秀、品行方正、どれをとっても完璧な、いわゆる優等生であったから。
アレスは社交的で、性格も穏やかであり、友人も多かったが、このノエルだけは 周りから見て、何故、と思わせる存在であった。
彼の親が頭の固い人間だったら、そんな奴とつきあうなと言いそうなものだが、 幸いにも彼の両親は、ものの分かった人々だった。

アレスは窓の外に目をやって、思った。
”僕の友だちがくると、気をきかせて去っていってしまう、ノエル。
自分にあまり、良い印象がないと思って。
そんなこと気にせず、彼らとも話してみればいいのに・・・。
そしたら、きっと友達が増えるよ。”

アレスとその友人たちは、その場を去った。
数分後に、ひょろっとした背の高い少年がやってきて、自分の成績、総合成績3番を 確認した。そして1番の名前を見て、ギュッと唇をかんだ。


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「創  作」
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