銀の盃 15


少し、奴らと離れたほうがいいのかもしれない・・・。
そうシルバーが思っている時、恰好の「理由」が現れた。
それを持ってきたのは、ひとりの青年だった。

***

「私は明日から3週間、居ないからな。」
そう隊の長がつぶやくと、その場にいた部下数人は、異口同音に言った。
「・・・何故ですか?」
もしやこの間の騒ぎを気にしているのでは、と考えた者もいたが、シルバーはそのようなことで、 仕事を放棄するような人間では無い。
むしろ、そのような感情を持っていてくれた方が、まだ良かったと思えるけれど。
とにかく部下として、単にスケジュールが気になるという理由で、リッテルは聞いた。

「何故、ご不在なのですか?訳をお聞きしてよろしいでしょうか。」
彼の態度に満足したように、黒髪の憲兵は答えた。

「監査、だ。」
地域住民との癒着などが無いように、数年に1回、監査の為に部外者の調査が入る。
その監査対象に、今年は第3小隊ほか、3つの部隊が選ばれたらしい。
その調査の人間も憲兵なのだが、普通、事務が得意な佐官などが選ばれる。
しかし第3小隊は、なんと隊長がその任に当たることに決定した。
確かにシルバーは、事務もこなせるほうではあるが、そうなった理由は、時間不足によるという。
「向こうも、急に聞いた話で選出が出来ず、副隊長がやってくるそうだぞ。」

そう言って、シルバーはカラカラ笑った。
向こう、というのは、第3小隊に監査の為訪れる部隊のことだ。第6小隊らしい。
シルバー自体は第2小隊に行き、第2小隊の者は第6小隊に向かうと言う。
トライアングルになっているのは、単に交換にすると、買収や恨みなど、問題が発生しやすいからだ。

第2?と聞いて、エドワルドは少し考えた。
何か、ひっかかるものがある。
第2小隊の管轄地とは、位置的には近いのだが、交流はない。
何だったか・・・と考えているうちに、またシルバーが言った。

「そういう事で私は3週間、隊を抜ける。
よもやその程度の期間、隊長(わたし)抜きではつとまらない、と言わぬよな?」

この人は、いつの間にこんな言い回しをするようになったのだろう、と クリストファーは考えた。勿論、口には出さなかったが。
相手の言いたいことを先に封じてしまうという、戦法としては正しい言葉だ。
ただ、隊長はそんな悲しい言い方は、しないひとだと思っていたので。

そして、不在にすると告げた時の相手の顔が、妙に嬉しそうに見えたから。
だからクリストファーは、貝のように黙ってしまうのだ。

まぁ、緊急時には無線も電話も通じるのだから、と言って、シルバーは 詰所控え室を出ていった。
無論、そんな呼び出しが無いほうを期待していたけれど。
世情的にも、彼ら部下の技量的にも。


***

翌日、確かに彼らの隊長は、いつもの場所には居なかった。
代わりに、線の細い男性が、部屋の端に立っていた。
リッテルも朝の出仕は遅い方ではなかったので、随分早くから彼はやってきていることになる。
待っていた男性も同じ憲兵だろうに、役所に勤めている人間のような、印象を受けた。
髪をきっちりとまとめ、細いフレームの眼鏡をかけている。
そして脇には、書類入れを持っていた。
あ、第6小隊の・・・?とリッテルは、小さく聞いた。
人に尋ねる口調としては正しくない言い方だが、あまりにも彼が憲兵風でなかったので、 心配になったのだ。
単に、部屋を間違えた一般人のように思えたから。

見た目が役人風でも、この男性が監査に訪れたのは間違いなかった。
ポケットから腕章を出して付け、簡単に挨拶をした。
「第6小隊・副隊長、フレデリック・シェリーです。
副隊長のリッテル少将ですね?はじめまして。」


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