銀の盃 16


「この日付と、この日付が合わないのは、何故ですか。」
「この部分の、サインが抜けています」
「ここは、計算が違います。正確には・・・」

第3小隊の副隊長、リッテルは疲れていた。
口には出していないが、正直疲れていた。
監査の為に訪れた彼、第6小隊のシェリー中佐が、有能すぎるからだ。
リッテルは、己が事務的作業に、向いていないとは思っていない。
ただ、こうも書類とばかり向き合っていると、頭痛がしてきた。
無論シェリーは、副隊長のリッテルだけでなく、他の隊員にも、 監査上の質問を投げかけているのだが、 立場的に、リッテルに一番の負担が掛かっている。
シェリーを恨むつもりはない。
彼は、彼自身の職務をこなしているだけである。
そのスピードが、早すぎるだけで。


午後6時ジャストに、シェリーは腕時計で時間を確認し、
「6時になりましたね。それでは、本日はここまで、という事で。」
と言って、急に手を止めた。
まだまだ、この作業(ファイルから資料をひっくり返したり、帳簿を調べたりする) が続くと思っていた第3小隊のメンバー達は、拍子抜けしてしまった。
シェリーは勤務規則通りに、6時に仕事を終えるつもりだ。 何となく、9時頃まで残る”悪しき”習慣が残っているリッテル達にとっては、 新鮮だった。
あぁ、終わりましょう!と嬉しそうにウィルヘルムは言い、近くの椅子に腰掛けた。 リッテルとエドワルドも座った。
クリストファーはシフト上休みで、この場には居ない。

彼シェリーは、てっきり「帰る」のだと思っていたが、シェリー自身も傍の椅子に 腰掛けたので、第3小隊の皆は驚く。
すぐに、リッテルの無線機が鳴り出した。
リッテルが出ると、「18016、第3小隊中将、シルバーだ。」と相手は言った。
所属ナンバー等言わずとも声で分かるのに、シルバーは他人行儀に、そう述べた。
今は、他の隊に行っているから、それに対する冗談なのかもしれない。
リッテルは隊長と話そうとしたが、シルバーが急に願い出たので、驚いた。

「リッテル、悪いがシェリーと替わってくれ。」

黙ってリッテルは、自分の無線機を、シェリー中佐に渡した。
渡す際に、脇のボリュームダイアルを回して、シルバーの声が、周りに聞こえるようにした。
秘密裏に話したいことなら、そもそも「無線」で通信してくるはずは無いのだから、 自分たちは、シルバーとシェリー中佐のやりとりを、聞いてもいいはずだ。
そう、思ってのことである。
リッテルは、隊長が相手のことを気安く呼び捨てにしたのを、聞き逃さなかったから。
知り合いなのだろう、と思っていた。
「自分達の隊長」が、「知らない男」と”秘密のお話”をするのが、嫌だったのである。
子供のような独占欲だ。

シェリー中佐が、無線機に向かって「はい、替わりました。」と丁寧に告げると、 向こうから、こういった声が流れてきた。

「言うのが遅いだろうが、お手柔らかに頼むぞ、シェリー。
書類上の不備は多いかもしれないが、わざとでは無い。」

フランクな話し方だった。
他の部隊の副隊長と会話するのに、使うような言葉では無かった。
そもそも、監査に訪れている人間に「手加減してくれ」というような意味の願い事は、 するものではない。
シルバーの言葉は、一種の冗談というか、挨拶のようなものである。
それを理解しつつも、眼鏡を掛けた青年は、あえて言う。

「監査に、お手柔らかも何もあるものか。
それに故意にしろ過失にしろ、不備は不備だ。」

随分冷たい言い方をする男だ、とエドワルドは思った。
言い終わってから、くっくっと、彼が小さく笑うまで。
「・・・これ以上話していると、周りの彼らから殴られそうだから、切るぞ、シルバー。
部下の目が届かない所にいるからといって、飲み過ぎるなよ。」

彼の言葉を聞いて、シルバーも無線機の向こうで笑っていた。
切るぞと言ったが電源をそのままにして、中佐は、リッテルに無線機を返した。
シルバーがすでに通信を切ってしまっていることを確認してから、リッテルも電源を切った。
次に発した彼の言葉で、リッテル達は、謎が解けた気がした。

「同期なんですよ。私と、シルバー中将は。
18歳まで同じ隊にいました。」


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