銀の盃 17


その台詞の後に、彼は詳しくは語らなかった。
誰かが尋ねれば、答えたのかもしれないが、皆慣れない仕事で疲労していたので。
だから、絶好の機会をみすみす逃していた。
次の日、クリストファーが出てきたことにより、好機は与えられたが。


前日と同じ作業を繰り返して、夕方6時になると、
シェリーは、ぴたっと手を止める。
そしてまた、近くの椅子に腰掛けた。
昨日無線がかかってきて、シェリー氏と隊長が同期だと知った、という 話を、エドワルドはクリストファーに、した。

その後妙な沈黙が流れたので、副隊長のリッテルは、場を繋ごうと、
「えぇと、ヘルシェリー、・・・趣味など、おありで?」
と聞いた。
特に”聞きたかった”わけではないのだ。社交辞令という奴である。
その質問に対しシェリーは、挨拶で聞かれたのを理解しつつ、端的に答えた。

「昔から、カメラを少々。」
と。

そこでクリストファーが急に立ち上がったので、皆は驚いた。
彼は普段、椅子で音を出すような、乱暴な立ち振る舞いをする人間では無かったので。
だから、何かと思ったのだ。白っぽい髪の青年が、そうした理由が。

珍しく、興奮して立ち上がってしまった事に気づき、反省し、
すみませんと小さく呟いてから、クリストファーは座り直した。
そしてシェリー中佐に向けて、言った。
「・・・脇にお持ちなのは、アルバムですよね?見せていただけますか。」


言われてみれば彼シェリーは、アルバムのように見える冊子状のものを、 カバンの他に持ってきている。
朝から持っていたのだろうが、気づかなかった。それは、第3小隊の者、全員が、だった。
興味を持って見ないと、他人の持ち物など、目に入らない。
クリストファーが気づいたのは、趣味がカメラという話を、聞いた直後だからだ。
そしてクリストファーは、彼のアルバムに、何の写真が入っているかをも、理解している。
だから、立ち上がったのだ。
車や風景を撮る趣味であったなら、そんな反応をしない。


シェリーは快く、彼らにアルバムを見せてくれた。
当たり前だ、見せるためにシェリーは、それを持ってきていたのだから。
カバンの中に入るサイズなのに、あえて別に持っていたのは、アルバムに、 気づいてほしかったから。

アルバムの中身の写真は、人物像ばかりだった。
そして、一部の者には予想通りで、他の者には予想外な姿が、そこには在った。
目のくりくりした、あどけない、という表現がピッタリの。
セミロングの髪の、背の高い”少女”。

シルバーだった。まだ隊長と呼ばれていない、憲兵隊に入りたての、新米時代の写真だ。
リッテルはそれより前、学生時代に会った経験はあるが、それも一度きりだし、 たびたび会うようになったのは、シルバーが19歳の頃だ。
エドワルドやウィルヘルム、クリストファーに至っては、シルバーが20歳を超えてからの姿しか、 知らない。
つまり誰も、隊長の「こども」時代の姿を見たことが無いのだ。


15、6歳の写真だろうから、単に子供と言うには、成長しすぎている。
だが、顔が違う。正確に言うと、表情が。視線が、笑顔が、雰囲気が。
何というか、本当に「こども」なのだ。穏やかなのである。
写真の中のシルバーは、こちらを見ているが、何故か少し驚いている。
その疑問を察してか、シェリーは写真を指さして、
「あぁこれは、私が急にカメラを出したので、それでびっくりしているんですよ。」
と、告げた。

そう語る中佐の顔は、楽しそうだった。
自分の趣味の作品を見てもらえたから、というよりは、
情報を共有できたという事が、嬉しいのだろう。
今はあんな雰囲気のシルバーにも、こういった時代があったのだという秘密を。


リッテルは、他の写真も、眺めた。
いくつかに、昔の隊長は、写っている。
ふいに撮られた写真でなければ、シルバーは微笑んでいる。
柔らかく微笑んでいる、年相応の表情で。

今は。
そう思い、リッテルは思わず、目を閉じた。
隊長は今は、こんなに笑わない・・・!!
それは年齢からくる、一般的な変化であれば、構わなかった。
しかし、違うと思うのだ。それだけではない、とリッテルは感じていた。


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