銀の盃 18


リッテル達がシェリーと事務処理にあけくれている間、
シルバーは、第2小隊の邪魔をしていた。

邪魔をしている、という言い方が一番適切だろう。
そのように、扱われていたから。
別にシルバーで無くとも、別小隊から来た憲兵は、そのような待遇を受けるのだ。
ここは自分たちの「シマ」であり、「よそ者」に荒らされてはかなわないから。

・・・くだらない、とシルバーは思っていた。
陳腐な自尊心だ。
そんな考えでいるから、憲兵隊と一般市民との溝が埋まらないのだ。
何様のつもりなのだろうと、黒髪の憲兵は、内心嘲笑していた。
自分とて、同じ職だ。
しかし、管轄している地域を、これほど己の持ち物化、してはいない。
それにこの、他の隊との連結の悪さ。
まるで、敵が来たかのようだ。
同じ「公僕」であるだろうに。

・・・今に始まった事では無いのだし、と、シルバーは考えるのをやめた。
己に課せられた使命は、第2小隊の監査である。
帳簿を、見比べていれば良いのだ。
監査に与えられた日数は、最長5日間である。
5日間で、終わろうが未完であろうが、終了なのだ。


5日間で終わるのに、3週間不在にすると言った矛盾に、部下達は気づいただろうか。
シルバーは思った。
気づいていて欲しい。
・・・心配など、しなくてもよいから。

シルバーは腕を組んだ。
邪険に扱われるのは、別に構わない。
自分の隊にいると気づかないが、第3小隊の隊長は、敵も多い。
己に対する、くだらない噂も、気にならない。
・・・自分が上司に色を売って、出世したという話だが。
根も葉もない噂、つまり嘘なので、どうでもいいのだ。
だがその嘘に、「大将」を絡ませるのが、気にくわない。
出来ることなら、相手を殴り倒したいくらいだ。
そう、シルバーは考える。

「大将」は、シルバーが若い頃に世話になった男性である。
シルバーの上司だったのだから、嘘なりに「当たり」ではあるのだが、
”あの方を侮辱するのは、許さない。”

その思考回路は、確実にエドワルド達に受け継がれているが、 それをシルバーが喜ぶかどうかは、また違う話だ。



苦虫を噛みつぶしたような顔をして、第2小隊の事務官が、 ファイルやらリストやらを抱えてきた。
この彼には何もしていないはずだが、何故こうも敵視されるのか。
気にしない事にして、シルバーは書類を調べ始めた。


***

リッテルの目も節穴ではないので、そのうち気づくことではあったのだが、 シェリーの事務処理能力が優れていたため、2日早く気づくことになった。

監査3日目終了時に、シェリーが、
「これで完了です。3日間、ありがとうございました。」
と言ったからだ。
明らかに、明日は来ないという挨拶である。
第3小隊の隊員たちは、拍子抜けしてしまった。
彼がまだ、少なくとも2、3週間は、ここに滞在すると思っていたから。
それは、隊長が「3週間不在にする」と告げていった事に由来する。
それなのに、3日間で終わりだと言うのだ。
怪訝そうな顔のリッテルに対して、シェリーは端的に言い放った。

「監査せねばならぬ日数は、最短で3日間、最長で5日間です。
・・・それもお分かりで無かったのですか?」

え、ええ、知りませんでした。とリッテルは、素直に答えた。
何故なら、全ての帳簿を見ていくのだと思ったのだ。
だから3日などで終わるとは、微塵も思っていなかった。
そう告げるとシェリーは、
「確かに全てチェックしていたら、1ヶ月はかかることでしょう。
こういうものは、抽出検査が当然です。」
だから3日、遅くとも5日で終わるのだそうだ。
言われてみれば、当たり前の事だ。
リッテルが極めていた医学の分野だって、何か結論を出すのに、全て調べず抽出試験が当然。
思い込んでいた。隊長が3週間不在だと言うから、
この人が同じ期間、自分の隊にいるのだろうと。


では隊長は、残りの時間、どうするつもりなのだろうか?
リッテルは何故か、胸騒ぎがした。

                           次


「創  作」
サイトTOPへ