銀の盃 19


リッテルは、普段庶務課に任せっぱなしになっている、
勤務のシフト表を、見に行った。
元は、隊長のシルバーが一から配置していたのだが、その行為自体が負担になると考え、 数年前から、庶務課に委託してある。
そこから出てきたリストをチェックし、、問題が無ければ、その体勢通りに、各自出勤している。

リッテルは、隊長の勤務指定を調べた。
3日前から出張となっている。期日は明後日まで。
つまり5日間は、監査の為、第2小隊の詰所に出向いている。
その後のスケジュールを見て、青年は驚いた。

”休暇”

休み、ということになっている、書面上は。
実際に休暇だとしたら、どんなに良いだろうと、リッテルは思った。
隊員のほとんどが知らないことだが、シルバーはたまに、急に姿を消し、 重傷を負って、帰ってくることがある。
何があったのかは、決して語ろうとはしない。
内密な捜査だとしても、副官の自分くらいには告げるだろうから、 其れは私闘なのだろうと、リッテルは推測している。

しかしだ。
例え、どんな事情があるとしても。
大切な人が、急にいなくなったり、戻ってきたと思ったら大きな怪我を負っていたり。
それは、心の安まるものでは無い。
せめて行く前に、何か告げていってくれたなら、とも思うが、
シルバーが、そのようなたちでは無いことも、分かっている。

とにかくその私闘が、いつか終わるものならば、早く決着が付いて欲しいと思っているし、 出来れば何と戦っているのか、教えてほしいと青年は思っているのだ。

心配だから、と言うのは、簡単だ。
本当は、そのような単純な言葉で、片付くものでは無い。
リッテルは黒髪の隊長の事が、本当に、本当に、・・・・気がかりで。


***

リッテルの、嫌な予感は的中した。
シルバーの、行方が分からなくなってしまった。

形式上は休暇中なのだから、本当は、何をしていても良いのだ。
急な呼び出しが無い限り、連絡をしなくても構わない。
ただ、今までシルバーは、非番の日であっても、必ず無線機を身につけていた。
勿論、万が一の際に、駆けつけることが出来るように、だ。
その無線機を、置いてきているのである。「自宅」に。

シルバーはほとんど詰所の控え室に寝泊まりしていて、家に帰ることをしないが、 一応、自宅は持っている。
郊外の一軒家で(独り暮らしには大きすぎるほどの家だ)、定期的に、掃除だけは頼んでいるようだ。
エドワルドが電話をかけてみたら、ちょうど掃除中の、老婦人が電話口に出た。

何処に行ったのだろう。
そんな単純な疑問が、部下達の頭の中をぐるぐると回り、
それは18日間、解決されなかった。


3週間、と告げられた最終日に、ようやく電話が掛かってきた。
リッテルの、自宅に。
自宅の電話が鳴るのは久しぶりだ。彼は一瞬、親族に不幸でもあったのかと思ったが、 すぐにその意味を知る。

「はい、リッテルです。」
「・・・・・・・・・・今、いいか。」
「隊長!?」

か細い声の相手に対し、リッテルは、随分大きな声で叫んでしまった。
息を吸い込んでから、もう一度尋ねる。
「隊長!今まで、どうしてらしたんですか!?連絡が付かないから、もう、心配で・・・!!」

彼の言葉に、シルバーは「あぁ、すまなかったな」とだけ、答えた。
その声は、何故か、もの悲しかった。


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