銀の盃 20


今まで何をしていたのか、事情を知りたいのはやまやまだったが、 隊長が、自分の自宅に電話をかけてきたという事は、それなりの訳があるという事。
だから、リッテルは尋ねたい欲求を抑えて、まずはシルバーの用件を聞いた。
昼間、詰所に居る時には、出来ない相談が有ると、ふんだから。

「ご用件は、何でしょうか、隊長。」
押しが強すぎると、離れていってしまう。そんな駆け引きめいたことを、青年は感じた。
幸いにもその問いに、彼の上司は素直に回答してくれた。

「・・・数が、合わないんだ。」

シルバーは、端的にそう答えた。
数が合わない。
計算が合わないということだ。監査目的で、帳簿の検査に向かっているのだから、そういうことだろう。
静かに低い声で、そう告げられたという事は、「合わせられない」という意味では無い。
調べて、結果「合っていない」という事実に、たどり着いたという事だ。

もちろん、憲兵隊内の横領等を防止するために、この監査は存在するのだが、
まさか本当に、内部犯罪が行われていたとは。
ひとつ息を吸い込んでから、リッテルは尋ねた。

「幾らほど、違うのですか。その・・・金額ですけれど。」
「うむ・・・2000万ほどだ。5、6年前から行われていたらしい。
”金庫番”の個人プレーではなく、どうやら隊ぐるみのようだがな。
地域の大地主の寄付に回っているようだ。完璧な癒着だな。」


2日目で違うことに気づき、5日目までは、それに気づかないふりをして、 監査結果のレポートをまとめた。「断定」は、出来なかったから。
その後は、元々私用で出かける予定で休暇を入れてあったから、それを使って 詳しい調査をしていた。
そして今日、やはり相手が黒であるとの、結果にたどり着いた。

「・・・・。」
リッテルは黙ってしまった。
犯罪が行われていることは、明らかだ。
シルバーのことだから、証拠も無しに言っているのではあるまい。
つまり、第2小隊を、内部告発で「あげる」ことは可能だが・・・。

「要らぬ仕事だな。」
シルバーはそう言って、クククと嘲笑した。
自分達がしたいのは、そういった事では無い。
好き好みが言える職業で無いのは、分かっている。
ただ、そんな事の為に、労力と時間を費やす集団では、無いはず。
シルバーが嘲笑しているように、可笑しな出来事だった。

地域住民を守る為、憲兵隊は結成されて、
その憲兵隊が、一部の住民と癒着し、不公平を招き、
それを、遠くの地域の憲兵隊が裁く。

何の為の組織か。
リッテルは黙ったまま、思わず、受話器を持っていない方の拳を、握り締めた。
受話器があるほうの手を、軽く震わせた。
何も言わない副官の心を見透かしたかのように、黒髪の憲兵は、電話越しに話す。

「リッテル。元軍医のお前が、憲兵の存在意義を疑うのは、もっともだ。
だが、私は憲兵という職業を、誇りに思っているよ。
警察より身近で、軍人より尊い。」

リッテルは、握っていた拳を離した。
確かに、そんな事を思った。考えた。間違いは無い。
しかし、憲兵という肩書きそのものを否定するとしたら、
その職にずっと身を置く、シルバー自体を否定する事になるから。
だから青年は、その思考を抹消しなければと、思った。
元より、正義とは、ひとつでは無いと、リッテルは考えている。
此方には此方の、向こうには向こうの、正義があるのだろう。


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