銀の盃 21


シルバーは、受話器を置いた。
リッテルとの会話が済んだからだ。
黒髪の憲兵の頭の中に、ひとつの言葉が浮かんだ。

「ブラフ」

はったり、という意味だ。
ポーカーなどで、特に良い手札でも無いのに、良い手札があると見せかけて、相手を揺さぶる手法だ。
ブラフだな、とシルバーは心の中で呟いた。


第2小隊に、裏金がある。解決すべき癒着問題がある。
それは事実だ、嘘を告げているわけではない。
しかしシルバーは、リッテル達部下に望むのは、その調査及び解決では、なかった。

自分が今からしようとしている事を、邪魔してほしくない。
だから与えた餌なのだ。撒き餌である。
一種の「おとり」だ。
電話ごしのリッテルは迷っているようだったが、きっと隊を出し、第2小隊の問題を解決してくれるだろう。
・・・・彼は、真面目だから。
その間、自由に動くことが出来る。
期間内に、片付けなくてはならない。自分ひとりで。

これは、私個人の問題だから。

何かひとつに、こんなにこだわるなんて、初めてだろう。
それが可笑しくて、笑えてくる。
クククと小さく、シルバーは笑った。
軍服の内ポケットの中の手帳に挟んである、1枚の写真を取り出して、シルバーは眺めた。

そこには、1人の男性が写っている。
上等な服を着て、長い黒髪を後ろで縛っている。胸には数個の勲章。
「ヘンリー・フォン・クロフォート。」
シルバーは、声に出して、呟いてみた。
そう、これはヘンリー卿という伯爵の、若いころの写真だ。
今は70を超え髪が真っ白になっているが、この頃は黒い髪を束ねている。

深い、青の目をしている。
自分に似ているな、と思った。
そう、クロフォート伯の若い頃の姿は、今のシルバーとそっくりだ。


ヘンリー・フォン・クロフォートは、
いち憲兵シルバーが、生涯、唯一「憎しみの念」を持った人物であった。
罪を憎んで人を憎まずという言葉があるが、彼だけは許せないのだ。
奴の、息の根を止めてやる。この手で。
シルバーはそう考えている。

憎き相手は、この憲兵の母方の祖父であり、
その事をシルバーは、数年前、偶然知った。


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「創  作」
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