銀の盃 22


その日シルバーは、電子人物辞書で、調べ物をしていた。
クロフォードという被疑者について確認したかったのだが、綴りを間違えてしまった為、クロフォート伯爵の情報が出てきた。
そのままページをめくっていけば、該当の項目にたどり着くのだから、特に間違いは気にせずに、そのまま読み進めていった。
するとシルバーは、1枚の写真に、衝撃を受けた。
何かの褒章を受け取った際の、若き日のクロフォート伯の姿が、自分にそっくりだったからだ。
半世紀近く前の写真だろうが、本当によく似ている。
今まで、貴族の老人になど微塵たりとも興味を持つことは無いシルバーであったが、急に、この伯爵に、興味が沸いた。
だからシルバーは、そこに記載されていたクロフォート伯の情報を、くまなく読んだ。

伯には、ひとり娘が居た。
過去形になっているのは、若くして死んだようなので。
伯の娘は、20歳で結婚、21歳で女児を出産し、22歳で亡くなっている。
その死因については、明確には記されてはいない。
どうやら病死のようだが、この様子だと・・・自殺だな、と憲兵は思った。
そのままでは聞こえが悪いから、病死にしておいたのだろう。
それでも、深窓の令嬢に何が、という、たちの悪い噂程度は立ったろうなと、シルバーは考えた。

何年前の事だろうと逆算して考えてみると、20数年前。
ちょうど、自分が生まれた頃の出来事だ。
・・・・
シルバーは何か、違和感を感じた。

その違和感が何であるか分からないまま、事態は展開を迎える。
シルバーの元に、クロフォート伯から、直々の手紙が届いたから。


手紙の内容は単純で、会ってお話したいことがある、との事。
シルバーは、伯と直接、面識はない。
この間、電子人物辞書で、一方的に情報を得ただけだった。
実は半年前に、同じ式典会場に会しているので初対面ではないのだが、個別に挨拶も交わしてはいないし、とにかく、「会った」とは言えない間がらだ。
話とは何だろう、シルバーは単に”分からなかった”。
そこでスケジュールを調節して、伯の元へ、挨拶に行った。


白い髪の細身の男性、ヘンリー・フォン・クロフォートの用件は、まとめると、
「我が伯爵家の、養子にならないか」
というものだった。
普通、伯爵家が、貴族でもない平民の憲兵を、養子に取ることは、まずない。
だが、シルバーは若くして階級も高く立派であり、
ぜひ養子に迎えたいと。そう、伯爵は言っている。
勿論、シルバーに、家族というものが無いという事を知っていて、誘いをかけている。

単純な人間であれば、諸手を上げて喜ぶ場面なのかもしれないが、
シルバーは、相手の言葉に唯、疑問を持った。
そこで「予想以上の大きなお話で、言葉がまとまりません。
この場で即答は難しく、お時間をいただきたい。」と告げた。
当然、伯もいきなり返事がもらえるとは思っていなかったようで、 シルバーの言葉に笑顔で頷き、憲兵は館を後にした。


この胸の奥に、もやもやがある。
あの日からずっと、だ。シルバーは考えていた。
何か、嫌な思いがある。しこり、というか。
それを取り払わないと。そう、強く思った。

シルバーは、徹底的に調べ上げた。
クロフォート家の、過去を。
シルバーで無いにしろ、養子縁組の話を勧められたら、向こうがどんな家が、知りたいと思うのは当然だ。
だからクロフォート家も、調べられるのを前提に、出している情報も、あるだろう。
シルバーが知りたいのは、それではない。
もっと昔の話だ。そう、伯のひとり娘が、亡くなった頃。


チッとシルバーは舌打ちし、唇をかんだ。
「産婦人科か・・・・。」
そうだ、そこに求める答えはある。
「違う」という、探していた答えが。
その病院は、シルバーが昔勤めていた場所ではなく、
また、シルバーに、病院に対して、コネはない。
ただ、憲兵として勤務していたから、どこが防犯上脆いか、は、知っている。
だからシルバーは窃盗まがいの事をして、伯の娘が子供を生んだ病院の、カルテの情報の入ったチップを、手に入れた。

そして自分の毛髪とともに、憲兵隊の専門機関にDNA鑑定の調査を依頼し、 数日後に、
「間違いなく親子である」
との確証を得るのである。

違う、という証が欲しかった。
そんなわけがない、と思った。しかし、真実は残酷だった。
自分はこの、クロフォート伯の実の孫である。
若き日のヘンリー卿と外見が似ていたのは、偶然ではないのだ。必然である。
家族の存在を知りうることが出来て、嬉しいなどという感情は、全く湧かなかった。
何故なら、シルバーの生い立ちに問題があったから。


自分はおよそ9歳の頃に、幼年学校の校長に拾われている。
雨の日に、道に転がっていたそうだ。
おそらく橋の下で、同じく身寄りが無い貧しい子供たちと一緒に、生活していたのだろう。
・・・何故そんな所にいる?
そうか、捨てられたか。

娘が死んだから捨てた、ではないだろう。
娘亡き後、その赤子が大切な跡取りなのだから。
では、赤ん坊を捨てたから、母は狂気に取り付かれ、命を絶ったか。
その可能性は高い。
元より、貴族の令嬢にしては、かなり早い時期に結婚している。
相手が、気に入らない男だったか、伯爵から見て。


伯爵に直接会った際、その瞳の奥に、ただならぬものを感じた。
例えるならそう、蛇のような目だと思ったのだ。
家名を守る為なら、どのような事でもする。
そんな、恐ろしい男のように、シルバーは察した。


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「創  作」
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