銀の盃 23


「決して、命を落とすような真似をしないように」
それは今まで、シルバーが何度も、部下達に告げてきた台詞だ。
死ぬな、と。
簡単なようで難解な指令を、ことあるごとに口にしてきた。

命を大事にしろ、と呟いてきたのに、
己は今から、自分の命を捨てる気でいる。
それがシルバーには分かっていて、嘲笑するしかなかった。

クロフォート伯を、始末する。
まるで映画の中の殺し屋のように、目的を冷静に言うことができる。
そして私も・・・
途中まで考えて、シルバーの脳裏に、部下達の笑顔がよぎった。

倒れている私を見て、奴らは叫ぶだろうか。
命をかけて倒すほどの相手でしたか、と。
違う。それは違うんだ。私は・・・

首を振って、シルバーは考えるのをやめた。
自分の部下達は、邪魔しには、こない。
足止めのために、第2小隊の癒着問題という餌を撒いておいたから。
もう少しで終わりなのだ。そう、終わり。
発見された時には、もう遅い。

自分自身を大切に、という兄弟の言葉だけが頭の中を繰り返して、シルバーの心は少し重くなった。


***


リッテル達が、隊長と連絡が取れなくなったと言っていた「休暇」の期間に、 シルバーは当然、休んでいたわけではなかった。
しかし、裏づけ調査をしていた、という、電話越しに告げた内容も、真実では無かった。

実際のところ、シルバーは、クロフォート伯と会っていた。
養子縁組の話を、進める為ではなく。
そんなもの、数年前にアプローチされたのだから、結果は見えている。
自分は、クロフォート伯爵家の人間には、ならない。
それは、相手にも告げてある。
ヘンリー卿も、分かっている。
憲兵のシルバーが、自分の家の跡継ぎになる気は無いのだと。

では、2人は何故会っているのかと言えば、脅しと駆け引きである。
シルバーが、自分と伯に、血の繋がりがあると知ったあと。
そのことを隠して、伯爵に聞いてみたのだ。

「伯爵には、ご令嬢がおありだったようですが、その方は亡くなっていますよね。 その方の結婚相手、つまり婿を、跡継ぎにすれば良いのではないですか?」

一般論としても、正しい投げかけであると思っていた。
養子縁組を持ちかけられた立場の人間としては、他にふさわしいと思われる相手が居ては、肩身も狭いし、困ると言っているのである。
そしてシルバーは単に、相手の反応が見たかった。
このように告げて、クロフォート伯がどう「言い訳」するか、知りたかった。

白髪の老人は、口ごもる事無く、実は、娘の相手の男性は誰だか分かっておらず・・・恥ずかしい話で、と呟いた。
事実か、又は知ってはいたが婿と認められない男だったか。
どちらにしろ、シルバーにとっては、予想通りの答えだった。
及第点という所か。憲兵は内心笑った。

「では、その御子は?父は知らずとも、令嬢の生んだ子に、継がせればよろしいでしょう」
聞きたかった事は、此れだ。この質問に、どう返す。
そして、私が”知っていること”は、お前はまだ知らないことか。

シルバーは呟き、今度ばかりは、相手も顔を曇らせた。
数秒後に、クロフォート伯はこう言った。
「子供は・・・赤子は死にました。」

そうか。
それは不幸続きでご愁傷様だなと、シルバーは内心皮肉を言った。


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「創  作」
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