銀の盃 24


意地悪く、そんなことを思ったのが、4年ほど前のこと。

それからシルバーは、跡継ぎ問題に対して、何もせず、ただダラダラと先延ばしにしていた。
何故かと言えば、それが伯を苦しめることになると、分かっていたからだ。
そして行動に出たと思えば、其れは恐ろしい手法であって。

仇討ち、などと言う考えは、無い。
唯、この家名のみを重んずる老人を、苦しめてやろうと思ったのだ。
そんな思いを持ったのは、何故だろうか。
やはり、取り付かれたのだろうか。怨念のようなものに。

リッテルだけが知っていること、
「シルバーはたまに、急に姿を消し、重傷を負って、帰ってくることがある。」
そんな事が、数年のうちに、過去3回あった。
リッテルはそれを「誰かと闘っている」のだと思っているが、それは間違いだ。
逮捕すべき相手なら、暴力に訴えてその結果自身が負傷するなど、シルバーの腕では、ありえないのだから。


シルバーは、伯の目の前で、死のうとしていた。
死ぬのが目的だった。
己が跡継ぎと見初めた相手が、倒れる。失う。
絶望のふちに、老人を追いやる。
そして、その命をも奪う。最期の力を振り絞れば、銃くらい撃てるだろうと、憲兵は考えている。
クロフォート家は滅亡だ。伯にとって、これ以上悲しいことはないだろう。


以上が、シルバーの望んだシナリオだ。
何という、馬鹿げた茶番劇だろう。
それは当人とて、分かっている。
分かっているが、そうしたいと願う心が抑えられなくなっていた。
狂気じみた思考が、シルバーを取り巻いていた。


過去の行動から、この憲兵が自分の命を狙っているのは明白なのに、
クロフォート伯は、シルバーとの面会の日程を取り付ける。
それは、会わねば過去の汚点を暴露する、という、
はったりも明白な脅しを、かけているからだ。

無視することも可能なのに、自分と会おうという、奇特な行動。
どんな形であれ、やはり孫はかわいいか、とシルバーは内心思う。
「子は、死にました」と答えた彼の表情を見るに、伯はシルバーが実の孫であることに、気づいてないと思われる。
だが、偶然見かけた黒髪の憲兵が、自分の若かりし頃にそっくりだと、ヘンリー卿とて思ったはずだ。
孫であれば良いな、という希望的思考が、愛に変わったか。
何らかの方法で、シルバーのように真実を知ったか。
憲兵にとっては、この際、どちらでも良かった。

伯がシルバーに会おうとするのは、シルバーが”正気に戻って”、
伯爵家を継ぐ、と言いだすかもしれないから。
だからクロフォート伯は、いつでも相手の来訪に門を開き、
対する憲兵は、武器を持って、双方を巻き込んで死滅しようという、愚かな考えを持っている。


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「創  作」
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