銀の盃 2


シルバーが、階級のことでとやかく言われるのを耳にするたび、リッテルは思う。
隊長は、その若さでその階級を所持するのに、ふさわしい人物だ。
能力に見合わない高さの階級を持っているのは、自分の方だ、と。

リッテルは36歳だが、すでに少将である。
これも、一般的に見れば十分出世が早いほうだ。
シルバーが何かと目立つ存在なので、そして彼はそのシルバーの副官なので・・・、 あまり話題には上がらなかったが。
リッテルが今の地位にいるのは、全てシルバーの影響である。
シルバーは、皆の階級をあげようとしていたので。

それが、隊長の為になるのなら。
少しでも「上」の部下が多い方が、動きやすいのなら。
それに関して、副官のリッテルが口出しすることは無いのだけれど。
リッテルは、不安なのだ。
自信が無い。
それほど、大きな勲章を与えられても、己に何が出来るだろうと思ってしまう。

クロード・リッテルは、憲兵隊・第3小隊の隊長の副官、すなわち「副隊長」でも あったが、憲兵が身に付けるべき逮捕術も、護身術も知らなかった。

***

彼は、元々医者になろうと思っていた。
父親が医師で、クロードは長男だったから、ごくありきたりに、医師免許を取って家業を 継ごうと思っていた。
その道に進むのに、学力面でも経済面でも問題はなかったのだが、一つ、医師となるのに 大きな問題があったのだ。
女性の裸が駄目なのである。
診察なのだと割り切って考えていても、駄目なのだ。
子供のように、顔が赤くなってしまう。「肌」自体が見られない。
困ったものだと、家族も当人も思った。
しばらくしてから、名案と思われる進路を見つけた。

軍医になれば良いのだ。

そうしたら、相手は男性ばかりだし、気兼ねなく医術の道に進める。
そう、クロードは思って、軍医学校を出て軍医になったのだが・・・

人生というのは皮肉なもので、
今、彼が一番手当てをする機会が多い相手は、男性でないシルバーである。
彼は、軍医になったばかりの時、シルバーという憲兵に出会う。
そしていくつかの交流を経た後、シルバーに「副官」として、引き抜かれた。
だからリッテルは、憲兵としての訓練をまるで受けていない、副隊長なのである。
ちなみに、射撃もあまり上手くない。
副隊長というのはやはり肩書きだけで、彼は真の、シルバーの「副官」なのだ。

「お前がいるおかげで、私がどれだけ助かっているか、知らないだろう?
もっと、自信を持ったらいい。
お前には、とても感謝しているよ。いつも、ありがとう。」

そうシルバーは告げて、副官の労をねぎらい、
いつからかリッテルは、この人に一生を捧げようと思っていた。

***

エドワルドが噂やゴシップ好きなのは、今に始まったことではない。
では何時からだと言われると、それは本人がうそぶいた通り、最初は、情報収集が きっかけなのだろうとは思うが。

エドワルド・ストーンズ大佐は、リッテルとは正反対に、憲兵学校を出て憲兵に なった、いわば生粋の憲兵である。
彼はほとんどの相手に「エドワルド」と呼ばれているが、これは「名前」だ。
目上のシルバーやリッテルはともかく、部下のウィルヘルムなどが呼ぶべき ものでは、本来ないのだが、 これは、本人が名前を呼べと言っているので、階級がどうとか関係ないのである。
彼は、自分のファミリーネームが嫌いらしい。
「そういうことを、言うものではないぞ。」と、名字に特別な思いを持っている シルバーは、昔、そう言った。
だが、エドワルドと呼ばれた方が心地いいのは、事実で。

結局、彼は29歳になった今も、皆に、名前で呼ばれている。
エドワルドは社交的だが、つかみどころのない性格だ。
ただの単純な男ではないのである。
彼は、どちちかといえば小柄な部類に入るが、素早く、そして憲兵としての腕も 優れている。実戦でシルバーが大半を任せているのは、彼、エドワルドだ。

彼という存在がいるからこそ、リッテルは、その特異な立場に準じていても、 隊という機能が成立するのだし、
「エドワルドにはエドワルドの、お前にはお前の役割がある」というシルバーの 言葉が納得できるのだ。

エドワルドは隊長を慕っている。それは、誰の目にも明らかである。
が、彼が隊長を見る目には、もっと違う意味が含まれていることを、
それを知りえているのは、今のところリッテルだけで、
・・・それがより、彼らの絆を深くしているのだけれど。


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