銀の盃 3


うらやましいな、と2人は思う。

それは決して埋まらない溝、いや、「差」だろう。
出会うのが、遅すぎた。それが運命というものなら、しょうがなくもあるが。

少将と大佐の前で、隊長は楽しそうに笑っている。
もちろん、自分達だってそのひとを微笑ませることは出来るのだが、
隊長はあきらかに、あの方たちの近くにいることを、望んでいるから。

傍にいることを望んでもらえるというのは、
どんなに光栄なことだろう。

そう、32歳の青年2人、ウィルヘルム・カールバッハとクリストファー・ツヴァイクは、思っている。

***

彼ら2人が、名前を呼ばれているのは、上司であるエドワルドの影響である。
2人ともが軍の士官学校を出た。部署はどうあれ、軍人になるべき人間だった。
憲兵になったのは、2人ともが志願してのことである。
元々、軍人と憲兵と警察の差は、そんなに大きくはない。希望があれば異動することも 可能だ。
あまり差がないから、わざわざ変わろうとする人間も多くないのであるが。

彼らは、腐れ縁とも言うべき仲である。元々、近所に住んでいたらしい。
性格は違うがそれなりに話は合い、同じ歳だから同時に進路を決めて、たまたまそれが 同じ方向だったので、今も同じ職についている。

士官学校に通っている途中で、シルバーに出会った。

その時「あちら」は彼らを知らなかったが、彼ら2人には、シルバーが印象に残ったのである。
歳は1つ下だが、尊敬すべき人物だ、と。
そう、直感的に感じ取った。
あのひとの元で、働きたいと思った。
だが、学校を出た2人を待っていたのは、そんなに甘いものではなく、
長い間、ウィルヘルムとクリストファーは、軍という枠から逃げられなかった。

どうにか第3小隊に編入できるようになった頃、「あのひと」の元には、すでに「彼ら」が存在して。
時間というのは、残酷なものだな、とクリストファー・ツヴァイクの方は、 つぶやいたものである。
それでも、望んだ人物の下で働けることとなったのだから、それを幸運だと 思わなくてはならない。

2人のうち、大柄なほう、ウィルヘルム・カールバッハの方には、異名がある。
それは「女泣かせ」だ。
女泣かせ。女性を泣かせるということだ。
プレイボーイなのである。

プレイボーイだ、と言い切るのは、少し語弊がある。
彼はすでに結婚している。妻帯者なのだ。プレイボーイなのは、過去のことだ。
しかし、そういったあだ名の類は、途中で止まっても、言われ続けるものである。
「女泣かせ」のウィルヘルムは、ものすごく男前、というわけではない。
顔はいい方では有るが、どっちかというと愛嬌のある、人当たりの良さそうな顔だ。
だから、もてるのであるが。

噂によると、「母が貴方との交際を認めてくれないの」という彼女の家まで、その母親を 説得しにいったら、母親の方まで彼に惚れてしまって、家庭内がごっちゃになってしまったとか、
二股どころか三股、四股をかけていたのがバレて、憲兵宿舎まで女性達が押しかけて きたとか、とにかく話題のつきない人物である。
当然のごとく、エドワルドは彼を気に入っている、話題の宝庫として。

体格の良い彼は、持ち前の運動神経で、憲兵の逮捕術も、のちに身に付けた。
今は、第3小隊の中のさらに小隊、A隊を任されている。

次にクリストファー・ツヴァイクであるが、
彼は、友人、ウィルヘルムと普通に話したりしてはいるが、本当はすごく、口数が少ない。
ほとんど喋らず、寡黙な印象を受ける。
話すのが苦手なのではなく、必要なときにしか話さない、といった方が、よいだろう。
それで趣味が読書なものだから、彼が、近づきにくい人物だと感じている者は、多い。
現に彼も、「付き合う価値のある人間だけと、付き合う」という考え方を 持っているので、クリストファーは、ウィルヘルムに比べれば社交的でないといえよう。

彼の趣味は読書だが、その量は半端ではない。
彼の部屋は本で埋まっている。きちんと整理されているので、どこに何があるかは 分かっているようだが。
文学というより、読むこと自体が好きらしく、わざと低レベルな週刊誌を買って読んだりも、している。
クリストファーは細身の美しい顔立ちの青年なので、その気になればウィルヘルムほどの、 女性との交友関係を築くことが出来るのだが、今のところ、彼の情熱は本ばかりに 向けられている。
以上が、「本の虫」のクリストファー・ツヴァイクについてだ。
彼はB隊を任されている。実戦よりは、作戦を立てたりする知的計略の方に、優れている。

***

彼ら2人には秘密があって、それは、ふとしたきっかけで、ウィルヘルムがクリストファーから 聞いたものだ。

数年前、酒場にて、友人の身持ちがあまりにも固いので、勝手に心配になったウィルヘルムは、 友人に尋ねた。
「お前、・・・気になる女性とか、いないのか?」

するとしばらくクリストファーは黙ってから、「いる」とだけ答えた。
その回答に、ウィルヘルムは目を丸くしている。白っぽい金髪に、青緑色の瞳の青年は、告げた。
「何だ、その顔は。
私だって”おとぎの国の人間”ではない。ひとぐらい好きになる。」

もっともな意見に、はーとひとつ息をついて、酒をひとくち飲んで、ウィルヘルムは尋ねた。
「いるのか、それは良かった。どんな相手だ?」
「お前も知っている人物だ。」
「へぇ、誰だ?」
「隊長。」

ぶはぁ、と思わず口の中にあった液体をこぼすウィルヘルム。汚ないぞ、と言いつつも、自分の 胸のポケットからチーフを出して、相手に渡すクリストファー。
一度咳をしてから、ウィルヘルムは再度尋ねた。

「隊長?!隊長か?あの隊長?」
「くどいぞ、ウィルヘルム。あの隊長以外に、他に隊長がいるか?」

・・・・・。
今度は、ウィルヘルムが黙ってしまった。
彼はしばらく空(くう)を見つけてから、言う。
「お前、そんな気持ちで隊長を見てたんだな・・・。」
「あぁ。・・・・・意外だったか。」
そう言うクリストファーに、「割と。」と、濃い茶色の髪の青年は答えた。

クリストファーは隣人の方を見て、小さくつぶやくのだ。
「私にとっては、お前があの方を”そういう目で見ない”ほうが、理解に苦しむがな。
とても魅力的なひとではないか、隊長は。」
そうだがな、と、一応肯定はするウィルヘルム。彼は、珍しく真面目な顔で、友人に言うのだ。

「なぁ、クリストファー。お前は・・・・、
多分、とても不利だぞ。」

その言葉に多くは聞かず、ただ瞳を伏せて、「あぁ、分かっている。」とクリストファーは答えた。

***

そういう、4人の青年に慕われているシルバーという、人物。
この憲兵のことを語るには、過去の事件をいくつか紐解いてみよう。


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