銀の盃 26


無線機の相手は、すぐに出た。
向こうの彼は、名前も所属も言わず、落ち着いた声で、一言こう言った。
「お目覚めですか。」

自分の脇に無線機を置いていったのは、リッテルだとは思っていた。
ただ、随分冷静な声でいたので、意外だった。
副官は、温和な性格であるにしろ、怒る事もあるから。
激怒されて当然のことをしたと思っていた。
自ら死ににいくなんて、言ってみれば狂気の沙汰である。
それに、館に火を放っている。放火は重罪だ。
しかし、リッテルは何も言わない。

相手がどう思っているにせよ、聞きたいことが少しあったので、シルバーは尋ねた。
「・・・今日は、何月何日だろうか?」
×月××日です、との簡潔な答え。
逆算すると、3日間も眠っていたのか・・・とシルバーは考えた。
無意識のうちに頬に手を当てたのだが、包帯とガーゼの感触がした。
当然のことだが、火傷の手当てがしてあるらしい。
黒髪の憲兵は、次の質問をした。

「第2小隊の件は、どうした。」
リッテルにとって、それは予測された質問だったので、スラスラと答えた。
「ウィルヘルムとクリストファーの2人に、あたらせました。
第6小隊の力を借りて、問題の中心人物を、逮捕しました。
弊害として第2小隊の人員が足りなくなりましたので、私が、レリア区に来ています。」

レリア区というのは、第2小隊の管轄地の名前だ。
撒き餌として用意しておいたものだが、他の小隊を巻き込むとは、思っていなかった。
おそらく第6小隊を出せば、報告書を向こうが書いてくれるからだろう。
悪知恵だが、誰が思いついたものか。クリストファーあたりか。
小さく尋ねると、「私です」とリッテルは答えた。

最後にもうひとつ尋ねるが、とシルバーは言い、ひとつ息を吸い込んでから、副官に聞いた。
「クロフォート伯爵は、・・・どうした?」

この質問も、リッテルには予想通りだったようで(燃えた別荘が、クロフォート伯爵の所有物であったから当然なのだが)単なる事務連絡として、上司に報告した。

「隊長が眠っておいでの間に、亡くなりました。
・・・心筋梗塞で。」

シルバーは驚いた。彼リッテルが、奇妙なことを言った。
心筋梗塞で?
心筋梗塞で、病死した、だと?
何を言っているのだろうと思った。間違いではないのかというシルバーの声に、元軍医の彼は答える。
「医師の死亡診断書も見せてもらいましたので、間違いありません。
伯は、長く狭心症を患っていたようですね。」

シルバーには、意味が理解できなかった。

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「創  作」
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