銀の盃 28


シルバーが憲兵隊詰所の控室のドアを開けると、自分が普段座っている位置に、エドワルドが 腰掛けていた。
彼は難しそうな顔をして、書類を読んでいた。
ドアが開く音にすら気がつかない様子で、集中しているようだ。
無理もない、彼は今第3小隊の隊長代行なのだから。
エドワルド、と軽く声をかけると、彼は顔を向け、飛び上がらんばかりの勢いで、席を立った。

「隊長っ!?ご無事でしたか!!!」
エドワルドが、己が巻き込まれていた、いや、進んで巻き込まれた事件を、 どの程度知っているのか不明だったが、シルバーはとりあえず「大丈夫だ」と答えた。
それから、「すまない、迷惑をかけた。」と頭をさげて、謝った。
自分が不在の間、彼エドワルドに、仕事の負担がきていることは、明らかであるからだ。
謝られて青年は、逆に恐縮していた。 彼とすれば当然の事をしているまでで、頭を下げてもらうほどの事では無いのだから。
そんなやりとりをしているうちに、部屋にウィルヘルムが現れた。
彼は、なんとも場違いな、それでいて彼らしい台詞を吐く。

「あれ、隊長?戻ってきてらっしゃったんですか。
これはリッテル少将にお伝えしないと・・・。
あぁ、隊長はショートカットもお似合いですね。」

短くなった髪の話などに触れる人物が憲兵隊内にいるとは思っていなかったので、 シルバーはクク、と小さく笑った。

***

リッテルは、額と目にかかるように、濡れたタオルを乗せている。
横になったら、という忠告を無視して、椅子に腰掛けて、その状態で休息を取っていた。
彼は、”助っ人”として借り出されていたレリア区から戻ってきて、 もう、憲兵隊詰所の建物内に、帰ってきている。
隊長は、いつもの控室に居ることは先ほど聞いたが、いきなり会うと自分がおかしくなりそうだったので、 リッテルはひとまず、小さな部屋、給湯室に向かった。
そして、そこに有った丸椅子に腰掛けている。

目を塞いでいるので誰か分からないが、声からして若そうな憲兵のひとりが、リッテルに向かって、 「お疲れですね。」と声をかけてきた。
リッテルは普段、自ら疲れているという発言をしないのだが、この時ばかりは素直に答えた。
「ああ、疲れたよ。」

ベッドで眠ったら、という提案には、ありがたいけれど、まだ時間があるから・・・と言い残し、 リッテルはタオルを取った。
見ると、話している相手は、クリストファーだった。
普段なら、声で彼だと分かったはずだ。随分感覚がおかしくなっているものだ、とリッテルは 痛感した。
数日寝ていないのだから、無理も無い。
眠らないことの弊害について、医者である彼は十分理解している。

十分、心の準備をして、隊長と会わなくては。
姿が見えたなり、自分が号泣したりしては、流石に格好悪い。
部下も居る手前、それは避けたいところだ。
それに、隊長は火傷で、外見が変わったかもしれない。
病院を出てきたのだから、外傷としては大したことは無くとも、痕や傷が残った可能性がある。
あの人は、そんなものは気にしない性質のように思えるが、あくまで推測だ。
気に病むかどうか、本当の所は、リッテルには分からない。
もしそうなら、心のケアも・・・と、精神学は専門では無いのに、彼はそこまで心配した。


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