銀の盃 30


立ち尽くしていたシルバーは、ようやく席についた。
そして3人の人物から、もたらされたものを、順に確認した。

シェリーからは、予想通り第2小隊の件の、報告書だった。
あとはシルバーが確認して、サインをするのみになっている。
相変わらず隙のない仕事ぶりだ。
シルバーは書類の束を、ひとまず脇に置いた。
そして次に、見知らぬ一般人男性が置いていった、封筒と名刺を見た。

名刺には、弁護士 ■■■■ と記されている。
聞いたことのない名前だ。
封筒は、シルバー個人宛の手紙だった。
すぐにペーパーナイフで開封し、中身を確認した。
便箋には、単刀直入に、こう書かれていた。

クロフォート家の遺産相続の件でお話がありますので、
ご都合の良い時に、当事務所までご連絡下さい。


「・・・・・・・。」
シルバーは眉をひそめた。
ありますので、と言われても、此方にはそのつもりは無いが、と内心いぶかしむ。
シルバーの部下達は、その手紙が隊長個人宛なのを知っているから、 内容が何か知りたくはあっても、聞くのは失礼かと思っている。
しかしシルバーは、彼らが答えを欲しがっていると分かっていたから、 手紙の内容を、自ら伝えた。

「先ほどの男性は弁護士事務所の人間で、クロフォート家の事で話が あるから連絡が欲しい、とのことだ。」

疑問は残りつつも、後で良いかとシルバーは、その手紙と名刺も脇に置いた。
そして一番気がかりであった、”大将”からの受け取った、本部からの通知の 封筒の、封を開けた。

シルバーは、大概の事には驚かないつもりでいた。
しかし、内容が本人の想像を超えていたので、思わず驚愕の声を上げてしまった。
白い紙に、機械的な文字で、こう印されていた。

憲兵隊 大将の階級に昇格した事を通知する
本部 第7司令室 室長に任ずる


最初の一文は、文字通り昇級したことを告げるものだ。
今までも、何回も見たことがある。
シルバーは現在中将であるから、昇級すれば大将になるという経緯も、不思議では無い。
何故、今の時期かという疑問はあるにせよ。
問題は、次の文だ。
本部 第7司令室 室長に任ずる、と書いてある。

本部というのは、第6小隊のシェリー等は、主にそこで働いているのだが・・・、後方支援の場で、 その司令室、室長という職は、いわゆる閑職なのである。
良い学校を出たキャリアが、ステップアップの為に一時的に就くのならともかく、 自分に回ってくるなど、思ってもいなかった。

シルバーは目を閉じて、深く息を吐いた。そして思った。
”栄転と言えば聞こえはいいが、
・・・うまく、片付けられた、な。”

第2小隊の癒着の件で、逆恨みする輩から、仕掛けられた訳では無いだろう。 そこまで出来る力を持った人間など、いないはずだ。
ただ、同じ憲兵内で、そのような事件が暴かれたのが恥ずかしいのか、
又は、長年同じ人物を憲兵隊に配置しておいたせいで、癒着問題が発生したと考えるなら、 シルバーも、”そろそろ交代させたほうが良い”と思われたか。

”何にせよ、私はこの第3小隊から、出て行かねばならぬのだ。”

その現実を理解し、同時に、強い思いが頭をよぎる。
離 れ た く な い
今のメンバーが揃ったのは、何年前の事であっただろう。
ここにいるリッテル達は勿論のこと、平の隊員たちだって、隊の為、 ひいては市民の為に、尽力してくれた。
己を生かし、評価し、癒してくれる、ただひとつの大切な場所だ、此処は。
離れたくない。
シルバーは、拳を握り締めた。

しかし、シルバーは公僕である。
上からの人事には、従わなくてはならない。
頭が混乱する。黒髪の憲兵は、思わず額に手をやった。
そして、急に呟いた。

「ひつじ・・・・いけにえの、羊。」

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「創  作」
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