銀の盃 32


その日の夕方、シルバーは私服に着替えた。白のスーツだった。
17時に、シルバー自身の勤務は、終えている。
同じく17時に仕事を終えたが、まだ控え室内で書類を整理していたリッテルに向かって、シルバーは言った。

「リッテル、これから私用で、例の、弁護士事務所に行くのだが・・・。
良かったら、ついて来て、もらえないだろうか?」

ゆっくりと気弱そうに告げるその声を、リッテルは、”珍しいな”と思う。
はい、私で良ければ喜んでお供いたします、と彼は答え、着替えに5分だけ貰って、2人は、憲兵隊の建物を出た。

■■■■弁護士事務所は、灰色のビルの中にある、ごくありふれた場所だった。
電話でアポイントは取っておいたから、名乗ると、すんなりと中へ通された。
当然、前に訪ねてきた弁護士の男性が2人を出迎えたのだが、シルバーの横に、同じ年代の男性がいることに、弁護士は驚いたようだ。
憲兵隊控え室で会っているのだが、シルバーの副官だということまで、覚えていなかったようで。
「そちらは?」と軽く聞かれた時、
「親しい友人です。」と、シルバーは答えた。
「おりいった話になっても、彼になら、何を聞かれても、大丈夫です。
と言うより、一緒に聞いてもらうために、付いてきてもらったのですが。」
そう、シルバーは続けた。

リッテルは、隊長が自分の事を、そう説明することに、少し驚いた。
素直に事実を、仕事上の副官だと言わなかったのは、何故だろうと考える。
唯、この場で、自分がこの人の友人を演じたほうが良いと、少なくともシルバーがそう望んでいるのなら。
リッテルは、それに従おう、と思った。
それに、シルバーの親友然としていられる事が、単に嬉しかった。

それでは、と弁護士は、2人にソファをすすめた。
2人が座ると、秘書の女性がコーヒーを持ってきて、そして無言で去っていった。
弁護士の男性は、書類を見ながら、話し出した。

「もう、見当はついておられるかもしれませんが・・・。」
そう彼は、最初に言った。
リッテルは当然「見当」など付いていないので、正面の男性ではなく、真横にいる隊長の顔を見た。
シルバーは、真剣な顔をしていた。彼の言う「見当」が付いていたのだろうな、と、リッテルは察する。

「この間亡くなったクロフォート伯爵が、貴方に全財産を贈与すると、遺言に残されています。」

リッテルは驚愕したが、シルバーは瞬きを数回、しただけだった。

***

弁護士の男性は、遺言書は正当なもので、疑う余地はないだの、
相続税がご心配なら相談に乗りますだの、財産は銀行口座の残高以外にも、屋敷や土地、美術品もありますだの、つらつら続けた。
黒髪の憲兵は、別段興味がなさそうに、それを聞いている。
リッテルの疑問は、大きく分けて2つ有った。

まず、何故クロフォート伯爵は、赤の他人のシルバー中将に、全財産を遺すような事をしたのか。
そしてシルバーは、そのような驚くべき事態を聞かされたにも関わらず、何故平然としているのか。

知っていたのだろうか?伯爵から、財産が分け与えられる事を。
そうならば、何故?自分が知らないだけで、以前から親しくしていたのだろうか?
だから、伯爵家の別荘に、シルバーが居たのか。
そして、火事に巻き込まれた?

リッテルは全く理解が出来なかったが、しばらくずっと聞き手に回っていたシルバーが、質問の声をあげたので、思考を一時、止めた。

「遺留分は?遺留分は無いのですか。」

なるほど、他人のシルバーが相続するのだから、当然遺留分というのは気にかかるだろう。
他に相続人がいるのならば、見ず知らずの人間に持っていっていかれては、たまらない。
そんな、当然の質問だと、弁護士の男性は思った。
当然、其れについては分かっているわけで、

「伯は、実子がございましたが既に死亡、配偶者もすでにおりません。
もちろん上の世代も生きてはおられず、養子も取っていません。
つまり、完全な、ひとりぼっちというわけですな。
ちなみに、遺留分には関係ありませんが、兄弟姉妹も元々おらず、甥や姪も存在しません。」
と告げた。
「もし貴方がお引き受けにならないとすれば、全額、国庫に入ります。」
そう続けて彼は言ったが、その言葉をシルバーは繰り返した。
「国庫か・・・。」

腕を組んでシルバーは、もう1つ質問した。
「屋敷と土地と美術品・・・と、おっしゃいましたよね。
具体的には、どの屋敷と土地ですか?」

それに関しても、弁護士の方は用意してきた答えであったから、明確に答えた。
「×××区の自宅住居、○○○区の別荘、それに隣接する墓。
■■■■区の別荘、△△△区の土地●●●平方メートル。以上です。」

憲兵2人は、異口同音に、疑問の声を上げた。
「墓?」

はい、お墓です、と弁護士の男性は、何でもない事のように告げた。
その通り、弁護士の彼にとっては、大した項目ではなかったのだろう。
しかしシルバーにとっては、その墓こそが、最大のキーポイントなのだ。

墓か、と黒髪の憲兵は、ぽつりと繰り返して、呟く。
リッテルとしても、墓がわざわざ区別して宣言された事は気になったが、それ以上に、シルバーが、墓にこだわることに、不思議がった。
しばらくしてから、下げていた頭をガバッとあげ、シルバーは、前に居る弁護士の男性に、声高に尋ねた。

「手紙・・・手紙等は無かったでしょうか?伯が、私宛にあてた信書などは!?
遺言状ではなくて、その、思いのたけを綴ったものというか・・・。」

弁護士の男性は、目を丸くした。
確かに、そのような書面を遺言状以外に預かっているのだが、それを言い当てられるとは、思っていなかったので。
彼は立ち上がり、後ろへ、その書面を取りに行った。
そして其れを、宛名の人物へ渡した。
表面に、「ノエル・シルバー 殿へ」と書いてある。

シルバーはその手紙を、深々と読んだ。
繰り返して読んでいる部分もあるようだ。
その真剣な表情を、リッテルは唯、何も言わずに横で眺めていた。
手紙の内容を十分理解したと思われる後、シルバーは手紙を、手前のテーブルに置いた。
その後、クク、アハハハとカラ笑いをしてから、両腕を顔の前で交差させて、覆った。
そして、呟いた。
「してやられた・・・・!」


                   +++続く+++
                   
「創  作」
サイトTOPへ