銀の盃 5


「正義」

ノエル・シルバー 隊長。
クロード・リッテル シルバーの副官。



クロード・リッテルは、上司であるシルバーを尊敬している。
ただし、彼の考え方が、すべてシルバーと同じであるわけでは、ない。

ある時、美術館で爆発事故があった。
たまたまそこに部下と来ていたリッテルも、その事故に巻き込まれた。
爆発自体は大きくなかったが、酸欠の患者がたくさん出た。
リッテルも、それで倒れてしまった。
その病院に憲兵として駆けつけたシルバーは、倒れている人のなかに 自分の副官リッテルがいることに、もちろん気づいた。
しかしシルバーは、リッテルを運び出すのを一番最後にした。

回復してからリッテルは、シルバーに尋ねた。何故自分を最後にしたのかを。
もちろん、最後にされたことに腹を立てている訳ではない。
シルバーいわく、
「民間人と憲兵が一緒に倒れていたら、どっちを先に助ければよいかは、分かるな?」

民間人です、とリッテルは答えた。そうだ、とシルバー。
「あそこには、お前以外にも憲兵がいた。
あの中で、私に一番関係が深い人間は、おそらくお前だっただろう。
私にとって、お前はあの中で一番死んでほしくない人間だった。
だが私は、お前を一番最後にした。
何故かと?
お前が一番体が大きくて、後回しにしても大丈夫だと判断したからだ。」

私心を捨て去ることのできる隊長はすごいな、と彼は思う。
自分だったらどうしただろうと、リッテルは考えた。
もし、シルバーが倒れていたら。
きっと民間人にすら目もくれずに、上司を助けてしまうだろう。
あとでどれだけ叱られようと、シルバーを失うよりは、よほどいいから。

***

通称を「恵」という犯罪者がいた。
前科は、危険物不法所持という小さなものでしかなかったが、憲兵は「恵」を、 爆発物を使う暗殺者だと、にらんでいた。
ただ、証拠がないので逮捕できずにいたのだ。
ある日、憲兵隊詰所に予告電話があった。小学校に爆弾をしかけた、と。
その時シルバーは不在で、リッテルは独自の判断によりエドワルド達を ひきつれて、その小学校に向かった。
シルバーが帰ってきて、そのことを知ると、
「まずい、それは陽動だ!」
と叫んだ。
この日は、ある政治家の講演会が開かれていたのである。その会場には、数百人の人間が集まっていた。

「恵」は、特異な暗殺者であった。
普通、暗殺者はターゲットのみを殺し、ほかに被害者を出すようでは 2流と言われるものだが、「恵」は、ターゲットが死にさえすれば、 あとは何百人死のうが気にしないという、壊れた神経の持ち主で。
シルバーはひとり、講演会会場に向かった。

小学校では、爆発物の取り外し作業が行われていた。
電話の通り、爆弾はセットされていた。
しかし、もし爆発したとしても、大した被害のでない小さなものだった。
リッテルは、その理由に気づかなかった。大量の火薬を「本命」の方に使ったから・・・。

シルバーが会場に着いたとき、すでに手遅れだった。
会場は火の海と化している。生存者はいない。
もうすこし早くに、隊の半分でも到着すれば、話は違っただろうに。
やじ馬にまぎれて、シルバーは見覚えのある顔にあった。
白いドレスに、レースの手袋。黒い上等なハンドバックを持って、ニコニコと笑っている女性。
シルバーは言った。

「恵・・・。」

あらこんにちは、と「恵」は言う。
爆弾は時間がくれば自動的に爆発するものを使用しているが、現場に やってくるのが「恵」の特性だった。
「恵」はシルバーの横を通り過ぎるときに、こう言った。
「お仕事、ご苦労様だコト。」
シルバーはぎゅっと拳をにぎりしめた。

シルバーが詰所に戻ってくると、すでに帰ってきていたリッテル達は、 まだ、自分達の失敗に気づいていない様子だった。
シルバーはそんな彼らに、何も言わなかった。
それからしばらく、シルバーは本当に何も言わない日々が続いた。
挨拶をされても返さないし、返事もしなかった。

***

憲兵は、3つの武器を所有している。
第1に電磁警棒、第2に銃、第3に短剣。
短剣だけが、外からは装備しているのが分からないようになっている。
右足にくくりつけられ、普段はズボンで隠れているが、右足を強くならす と落ちてくる。
シルバーはもちろん、リッテルですら、これを常時装備している。
しかし、銃と警棒をどっちも持っていないことなど、ほとんどないので、 短剣を使うことは、全くと言っていいほどない。
短剣にももちろん、銃や警棒と同じように、持ち主のナンバーが入っている。
シルバーは18016という、柄に刻まれた自分の数字を見ながら、刃を研いだ。


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「創  作」
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