「正義」後編


シルバーとリッテルは、2人で巡回に出た。
そのときシルバーは、少しだけだが、返事をするようになったので、 リッテルはもう隊長のご機嫌が直ったのかと思い、安心した。
彼だって、シルバーがなぜ沈黙に入っていたのかは、分かっていた。
自分の愚かな行動を、あえて口に出さないという方法で注意しているのだ、ということは。
ただしリッテルは個人的には、シルバーから直接、本当はどうすれば よかったのかを教えてほしかったし、仕事以外のことで話しかけられても 返事をしないのは、自分はともかく、他の部下から見てあまり良い印象を 与えないので、やめてほしいと思っていたのだ。


シルバーとリッテルは偶然、「恵」の所属しているギルドのメンバー達が、 口論している現場を見つけた。
「恵」もいるようだ。
2人はしばらく様子をうかがってから、中に踏み込んだ。
少なくとも、4人の人間がいるはずだと声からふんでいたのに、 そこには1人しかいなかった。
上等なドレスを着た女性、「恵」だった。
彼女は無事ではなかった。足の付け根あたりから血を流している。
シルバーは言う。

「どうした、仲間割れか?」

リッテルは「恵」のケガの具合を遠くから眺めた。
本当は近くに寄って手当てをしたかったのだが、シルバーは右手で、 行くなという合図を出しているからだ。
「恵」は言った。
「あーら、いいところに来たわね。ちょっと憲兵さん、私を助けて くださらない?
この通り、ちょっとケガしちゃってて歩けないのよ。か弱い民間人を 助けるのが、憲兵の仕事でしょ?」

彼女の言葉を聞いて、シルバーは言った。
「か弱い民間人か・・・自分のしてきたことを棚にあげて、よくそんなことが言えるものだ。」

シルバーはフフと笑って「恵」の顔を見る。すると「恵」は、悪びれたそぶりも見せず、
「やだ、怒ってるの?じゃあ、こうしましょうよ。
私、あなたがたにギルドについての情報をお教えするわ。
だから私のケガの治療をしてくださいな。」
と言う。

リッテルは思った。ギルド内で問題が発生し、上の人間は「恵」を始末しようとしたのだろう。
未遂に終わっているのは、我々が踏み込んできたので、逃げるのに必死であったから。
ギルドの内部事情を知っている彼女を、上の人間が生かしておくはずがない。
きっと追っ手を差し向けてくる。
それを「恵」は分かっているから、ここはわざと捕まって、牢の中と いう絶対安全な場所に隠れてから、機をうかがって組織の手の届かない 場所に逃げるつもりなのだ。
「恵」が今までの罪を全部認めたとしても、組織から命令されてやった のだということ、自首したこと、組織の情報を教え、捜査に協力した ことが考慮されて、数年で出られるだろう。

リッテルはシルバーの顔を見た。同じく隊長も、自分と同じことに気づいたはずだ。
なのにシルバーは遠い目をして、ニヤと笑っていた。
シルバーは副官の視線を気にせずに、「恵」に向かって言う。

「なるほどねぇ・・・。」

「恵」が、いい話でしょう?と言って笑顔になった。
その後すぐ、彼女の顔は驚きと苦痛に満ちる。
シルバーは右足をダンと鳴らすと、落ちてきた短剣を手にとって、「恵」の心臓を刺した。
「恵」の胸元は赤く染まり、シルバーの顔に返り血が付いた。

「何を・・・!」

と「恵」も、リッテルも叫ぶ。
シルバーは短剣を抜いて、「恵」が絶命したのを見届けてから、 リッテルの方を向いた。

「・・・気でも狂ったのか、と思ったか?」

リッテルは、はじめ呆然としていたが、やがて、いいえと告げてから、 ハンカチを出してシルバーの顔を拭いた。
シルバーは、つぶやく。

「奴の言うように、奴を詰所に連れていけば、それは殺人犯逮捕ということで、功績にはなるだろう。」
そして続けた。
「しかし数年経てば、また野に出る。
また人を殺さないという保証が、どこにある?」
それからシルバーは腕を組み、リッテルに背を向けて、こう言った。

「私は奴を故意に殺した、重要参考人であるのを承知のうえで。
殺したかったから殺したのだ、まるで奴と同じだな・・・。

人道に反するだろうが、これが、私の正義だ。
お前に強要するつもりはない。告発したければ、するといい。」

リッテルは何も言わなかった。

***

憲兵の3つの武器は、壊れたり、傷んだりしていないか定期的にチェックされている。
検査に出すためシルバーから武器を預かったリッテルは、思った。

「あの件はまだ未解決で、外の隊が捜査中だ・・・
血は拭ったが、調べたら誰の血液がついているか、分かるに決まっている・・・。」

ハンカチはあの日、帰ってきてすぐ燃やしてしまった。
隊長が「恵」と接触していた証拠だからだ。
「恵」の胸を刺された刃物が、傷から推理して、憲兵の短剣ではないかと思われている。

リッテルは思い立って、武器を検査する部署に向かった。
ここには彼の知り合いがいる。その彼に向かって言った。
「久しぶり。少し聞きたいんだけど。」
「よぅ、何?」
「今日検査の日だけど、短剣なんて1回も使ったことないんだ。
それでも出さなければならないかな?面倒だよ。」
普段敬語に慣れているので、不自然なしゃべり方になってしまう。
相手は答える。

「そうだな、一応規則だからね。
でもお前だけなら、特別にパスさせてやっても、いいぞ。
銃と警棒は、メンテナンスの関係があるから、出せよ。
なにかあったら、こっちが怒られるんだからな。」

それを聞いたリッテルは目を輝かせて、
「本当か?ありがとう。実は、あまりに使わないんで、家に置いてきてしまってたんだ。」
と言った。相手は、そんなことだろうと思ってたよ、と言って、笑った。


部屋に戻ってきたリッテルは、隊長の短剣の刃を外して、薬品にひたした。
そして、右足を鳴らして短剣を出すと、刃を外して、その刃をシルバーの短剣の柄につけた。
リッテルは隊長の警棒と銃と短剣、自分の警棒と銃を検査に出した。

それが、彼の正義だった。


「正義」終

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