銀の盃 8


「日記より」



ウィルヘルム・カールバッハは、軍看護婦の女性と結婚している。
彼女の名前はクローネというのだが、その彼女が、シルバー達と初めて 会った時のことを、エドワルドは日記に記している。

〜エドワルド・ストーンズの日記より〜


今日、とても面白いことがあった。
そのうち話題にのぼるだろうから、忘れないうちに書き留めておこう。

今日、仕事が終わってから皆で飲みに行くという話になった。ただ、隊長だけが 少し調べものがあるとかで、少し遅れるそうだ。
あまり遅くなることはないだろう、何といっても隊長は大のお酒好きだ。
一緒に酒場に向かおうと言ったのに、ウィルヘルムの奴は何故か、
「すみません、ちょっと寄るところがありまして。」
と行って、去っていった。
僕は、先輩とクリストファーと一緒に、先に酒場に向かった。

僕らだけで始めているのも何なので、とりあえず3人で雑談をしていた。
酒場にシラフでいると、周りがうるさいのが気になる。
思えば、リッテル先輩はいつもこんな思いをして、僕らに付き合っていたんだな。
(先輩は、酒が1滴も飲めないから。)
隊長と同じく、副隊長も偉いひとだと思った。

30分くらいしてから、ウィルヘルムが現れた。
隣に女性がいたので、ちょっと驚いた。
ウィルヘルムが女性を連れていること自体は、別に珍しいことではないけど、 彼が恋人を、僕たちの飲んでいるところに連れてくるのは、初めてだ。
女性はクローネ・ローゼンシュタインという名前で、軍看護婦だという。
クリストファーは、彼女と初対面ではないらしい。彼女に限らず、ウィルヘルムの 恋人たち(複数にしなければならない)の顔や名前は、きっと知っているだろうな、 クリストファーは。
ウィルヘルムは結婚したら、親友の口をふさぐ必要があるのではないか、と、人ごと ながら心配になってきた。

4人揃ったし・・・ウィルヘルムの恋人をいれると5人だけど・・・、酒を飲み始めた。 リッテル先輩は、いつものようにジュースを飲んでいた。
ウィルヘルムの恋人(面倒なので以下C嬢)も、アルコールがいけるクチらしい。 すごいペースで飲んでいたので、ちょっと気になった。

そのうち隊長が現れた。もうカウンターで頼んできたらしく、グラスを手に持っている。
隊長は酒を飲みつつ、先輩に、C嬢が誰か聞いた。
先輩が答えようとすると、C嬢自身が隊長に挨拶をした。
その時、彼女の顔はすでに真っ赤だった。
もしかして酒に弱いのに酒好き、というタイプかもしれない。

隊長はウィルヘルムに、
「女性をこんなところに連れてくるのは、教育上良くないんじゃないか?」
と言っていた。冗談なのか、よく分からなかった。
もしかして隊長は、気心の知れた僕たちとだけ、酒を飲みたかったのかもしれない。

隊長は、何故かずっと立っていて(リッテル先輩の横が、ちゃんと空いていたのに) そのまま僕たちの話を聞いたり、合いの手を入れたりしていた。
飲み始めてから結構時間が経過して、かなりアルコールがまわってきたころ、C嬢は 隊長に向かって、言った。
「隊長さん、1つ質問してもよろしいですか?」
彼女は顔は真っ赤だけど、口調はハッキリしている。隊長はごく普通に、
「何かな。」
と答えた。C嬢は、真面目くさった顔で、言った。

「隊長さんは、処女ですか?」

彼女の言葉を聞いて、リッテル先輩は、持っていたグラスを落として しまったので、机いっぱいにジュースが広がった。
僕はというと、ちょうど口の中に酒があったので、吹き出してしまって、上着が 濡れた。
隣を見ると、いつも冷静なクリストファーも、僕と同じことをしていたので、 おかしかった。
ウィルヘルムは「お前、何をっ!」と叫んでいたけど、C嬢の耳に彼の言葉は 届かなかったと思う。C嬢は、トロンとした目で、じっと隊長を見つめていたから。
隊長も、彼女がそう言ったとき、口の中に酒が入っていたと思うんだけど、さすがだな、 吐き出さずにゴクリと飲み込んでいた。
隊長はしばらく黙っていたけど、やがてこう言った。

「そうだが、何か?」

するとC嬢は、
「わたくしもそうだったんですけどぉ、この人に全て捧げてしまいましたのー。」
と言って、ウィルヘルムに抱きついた。
「女泣かせ」君は真っ赤になっていた。どうやらC嬢は、酔うとひどく過激なことを いう癖があるようだ。
ふと顔を横に向けると、リッテル先輩は濡れた机を一生懸命拭いていた。
先輩は照れ屋だから、こういう話題に乗るなんてことは、出来ないし。
隊長に目を移すと、隊長はグラスの中身を飲み干してから、クルッと軍隊式に 方向転換をして、僕たちに背を向けながら、言った。

「ウィルへルム。」
「はっ、はいっ!」
ウィルヘルムは、ビクビクしながら返事をしている。彼の隣のC嬢は、目をつぶっている。 寝てしまったのかもしれない。

「そのご令嬢は随分酔っておられるようだから、きちんと送ってさしあげろよ。」
そう隊長は告げて、酒場から出ていった。
とりあえず、今夜はここで引きあげることにした。ウィルヘルムは「問題児」を連れて 出ていく。僕たちはまた、3人で帰った。

自分の部屋に戻ってきてから思ったんだが、隊長の「そうだ」という答えは、 本当なんだろうか?面倒くさくないように、言っただけかな?
もし隊長の発言が真実だとしたら、隊長に深い仲の恋人はいなかった(多分今もいない) わけで、僕としては、とても嬉しいのだけど。


「日記より」終


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