幸福キャンディー


おれは、最近ついてない。

授業中あてられるわ、車にドロ水ぶっかけられるわ、
録画しておいた番組は妹に消されるわで、いいことが無い。
おれはムシャクシャしながら、いつも通り通学路を通って、学校に向かっていた。

信号待ちの間、ふと右を見ると、うす汚れた緑色の物体があった。
高さは一メートルくらいで、柱のようだが上の部分が四角くなっている。
そしてその四角の部分の真ん中に、自販機のお釣りの取り出し口みたいなのが ついている。
何かラベルが貼ってあるようだが、汚れていて読めない。
おれは、このムカムカを晴らそうと、その緑色の物体の 頭を、思いきり叩いた。すると、スッキリした。
もう一つ、変わったことが起こった。
取り出し口に飴が一個、出てきたのだ。

もちろん、おれだって馬鹿ではない。
こんな得体の知れないものから出てきた飴を、すぐ口にいれたりはしない。
普通なら置いていくだろうが、おれには、その飴の オレンジ色の包み紙が、妙に不思議な光を発しているよう に思えた。
だから、とりあえずポケットに入れた。
そして普通に学校へ行った。

今日の授業でもあてられた、本当ついてねぇと思いながら 帰り道を歩いていると、ポケットに何か入っている。
ラッキー、と思いながら、おれはそれが何か確認せずに、 ポケットの中で中身を出して、口に入れた。
数秒してからやっと、これが朝のあの飴だということに気づいた。
おれはすぐに吐き出そうとしたが、慌てたので、逆に飲み込んでしまった。

「うげぇ」

腐ってなけりゃあいいが、とおれは思った。
下を向いていた頭を元に戻し、前を向くと、信号が青なので走った。
この信号は一度ひっかかると長いのだ、ありがたい。
左を向くと、当たり前だが、朝のあれがあった。
おれは無視して家に向かおうとしたが、立ち止まった。
そしてしゃがんだ。

五百円玉を見つけた。

***

おれは昨日からついている。

コンサートのチケットが取れたし、親戚のおばさんが 訪ねてきてこづかいをくれたし、生まれて初めてお金を 拾った、しかも五百円だ。
運が良いのは気分がいい。
おれは浮かれながら学校に向かった。

今日は席替えがあったけど、後ろの方に決まったから、文句はない。
おれは朝と同じくいい気分で、帰り道を歩いていた。
長い信号を待っていると、向こう側に一人の男がいるのに気がついた。
その人は、あの緑色の柱の前で、何かやっている。
おれは気になって、信号が青になるとすぐ、彼に駆け寄った。
その男は灰色の地味なスーツを着ていて、年齢は三十代前半といったところだ。
顔は、というと、よく”一度見たら 忘れられない顔”ってのがあるが、その逆で、”何度見ても 忘れそうな顔”をしていた。
彼はおれを見るなり品のいい笑みを浮かべ、立ち上がった。
少し小柄だ。男は言った。

「どうも、あなたはこれをご利用下さっているのでしょう?
ありがとうございます。」
「は?利用って何の?」

おれはタメぐちをきいたが、相手は嫌な顔ひとつせずに、前と同じく丁寧な口調で言った。
「これです。”幸・不幸調節作用付き飴自動販売機”」

そして彼は緑色のあれを指さした。
この時初めて気づいたのだが、うす汚れていたあれが、新品の綺麗なのものに なっている。
この人が取り替えたのか。
尋ねると、そうです、という答えが返ってきた。
おれは言った。

「えっと、何だっけ・・・・・・何とか自動販売機・・・。」
「”幸・不幸調節作用付き飴自動販売機”です。通称”幸福キャンディー販売機”」
と彼は教えてくれた。

「”幸福キャンディー販売機”っていっても、おれ、金入れなかったぜ。」
とおれは言った。すると彼は、
「お金は必要ございません、これはひとの幸・不幸に反応するように出来ておりますので。」
と答えた。

「ちょ、ちょっと待ってくれ。
大体”幸福キャンディー”って何なんだよ、説明してくれよ。」
おれがそう言うと、男は言った。
「おや、これが何か知らずに、ご利用されたのですか。
まあ無理もありません、ラベルがはがれかけていましたからね・・・
私たちのメンテナンス不足でした、申し訳ありません。
一から説明させていただきます。

この”幸福キャンディー販売機”、皆様に幸せをお届け しようと、設置しているものでございます。この上部に あるセンサーの上に手を置きますと、そこでその方が どれくらい不幸か、または幸せかを読み取ります。
そして、幸せが足りないかたには、食べるとそれを補う だけの幸せが訪れる”幸福キャンディー”を差し上げている、
というしだいです。」

おれはあきれた。この人は、昼間から何を言ってるんだ
ろうか。もしかして頭がおかしいんじゃないか。そう思って
いると、男はおれに向かって、こう言った。

「信じておられない?あなたはすでに”幸福キャンディー”を
お召し上がりになったのではないのですか?」

そうだ。そういえば、あの飴を食べてから、急にいいことが
増えたような気がする。しかしまだふに落ちない点がある。


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「創  作」