「幸せか不幸せかなんて、どうやって読み取るんだよ。」
とおれは言った。すると相手はすぐ答えた。
「原理は、中国の気功を応用しております。
人間の手のひらからは、見えない力が出ており・・・。」

そのあとサーモグラフィーで何とか、と彼は言ったが、おれはそういうことに関してうといので、全然分からなかった。
とりあえず、幸せか不幸せか判断する点は、よしとしよう。
問題は次だ。

「食べただけで幸運がくる飴なんて、そんなものあるわけないだろ。」
とおれは言ったが、男は顔色ひとつ変えずに言った。
「それがあるのでございます。
手を置いていただいた時点で、そのかたに足りないものは何かを判断し、それを 飴に加えるのでございます。
例えば、落ち着きが足りず、それにより失敗を繰り返し、 不幸にみまわれているかたには、イライラをおさえるカルシウムを・・・。」

ほっとくと、ビタミンやらDHAやらの話もしそうなので、おれはとめた。
この点もまあいいとする。
おれが一番気になるのは、これだ。
「あんた、サラリーマンだよな。
これって金とらないのに飴なんか出しちまって、利益どころか赤字じゃねえか。
どうやって経営してんだよ?」

おれの言葉を聞いて、男は、ほほ笑みながら答えた。
「ご心配なさりませんように。
これは今試験作動中でございまして・・・
といっても安全性に問題はございません、 良い設置場所を探しているだけです・・・本格的に営業 いたしましてからは、ちゃんと料金をいただくつもりで ございます。」

「いくら?」とおれが聞くと「五百円の予定です。」と彼は答えた。
「機械を新しくいたしましたので、よろしければまたご利用ください。」
と男は言った。おれは聞いた。
「この機械の古いほうは、一体いつからここにあったんだ?
最近まで気づかなかったが。」
「はい、これは本当に利用していただきたいお客様に だけ気づかれるよう、目立たないつくりになっておるのです。
ここは、こちらの反対側に電光掲示板がございますでしょう?
普通のかたは、信号待ちの最中そちらをご覧になります から、これにはお気づきにならないのでございます。
気分が沈んでいて、下を向いているかたや、わざと逆方向を 向いているかたの目につくよう、ここに立てております。」

おれは彼の言葉に少し疑問を持った。
「”本当に利用していただきたいお客様”って何だ?
客をより好みするのか?」
彼は答えた。
「いえ、そういうわけではございません。
これはその名の通り”幸・不幸調節”をするキャンディーを出すものですから、 つまり、はっきり申し上げますと、幸せなかたが召し上がられた場合、不幸にみまわれるのです。」

「何っ!」
おれは驚いた。
「でも、幸せなかたはこの機械の存在自体にお気づきになりませんし・・・。」
と男は言う。
「だからって、そんなことが許されるのか?」

おれは、幸せなひとが増えるのなら、こんな機械があってもいいと思っていた。
でも、幸せなひとを不幸にすることはないだろう。
「幸せなかたには、少し不幸せになっていただかなくてはいけない、 とお思いにはなりませんか?」

「ならねぇよ!」
とおれは叫んだ。 確かに、おれより頭が良くて、金持ちで、顔もいいやつもいる。
だけど、恵まれたそいつをねたんだりはしてない。

  恵まれた・・・?

おれは勝手にそう表現したが、もしかしてそいつは、不幸かもしれないのだ。
親が不仲だとか、体が弱いとか。

おれはついてないとか、運が悪いとか連発していたが、 そんなもの大した不幸じゃないのかもしれない。
世の中には、生まれてすぐに死ぬ人もいるのだ。
生きているだけでも、かなり幸運と言っていい。
それにおれには両親がいる。うるさいけどたまに可愛い妹も。
学校にだって行けるし、友人だっている。
こづかいをもらって好きなものを買うことができるし、テレビだって見られる。

  おれは幸せなのだ。

この馬鹿げたことをいう男の話を聞いていて、やっと気がついた。
それなら話は早い。

「すまねぇな、おれはそれをもう利用できない。
ほかのやつをあたってくれ。」
おれがそう言うと、男は初めてビックリした顔をした。
おれはその場を去った。なんだか足取りが軽い。

***

少年が去っていったあと、灰色のスーツの男の元へ、ブルーのスーツを着た、二十歳くらいのずばぬけた長身の 女性がやってきて、言った。
「お疲れさまでした。」

男はいつもの品のいい笑顔で答えた。
「うまくいってよかった。」
そして続けた。
「君もこれができたらよかったのだけどな。あいにく君は美人すぎる。」

それを聞いて女性は、まぁお上手だコト、と言って笑った。
彼女は続けた。
「いつも思いますが、先輩はとても頑張っているのに、
成果はそれに比べてほんの少しですね。」

それを聞いた彼は答えた。
「そうかな、私はこれで十分満足しているよ。
ひとに”自分は幸せなんだ”と実感させることができるのだから、ごく普通の飴一個と五百円玉だけでね。
タイミングをはかるのが難しいけど。」

そして彼は「さて、行こうか」と言ってから、隣にあった緑色の 販売機をヒョイと持ち上げて、女性とともにどこかへ去っていった。


                       おわり

+あとがき+

「創  作」