ミシンとドラゴンと俺 2

俺は、電気アイロンというものが好きだ。
湯をわかしたヤカンでプレスしてもいいんだが、これは綺麗に 仕上がるからな。
アイロンを使うために、発電機のハンドルをぐるぐると回す。
俺のうちには電気が通ってない。
誤解のないように言っておくが、俺んちだけじゃなく、
隣りも、そのまた隣りも、町長のうちだって電気は通ってねぇ。
昔は通ってたが、今は通じてない。
昔って言っても、俺が知ってる時代じゃねぇけどな。
多分、200年くらい前だろ。

この国の有名な話に、「王とエルフの物語」ってのがある。
その話によると、元々民主制で工業化の進んでたこの国を、 創成王さんってひとが一回、文明を後退させたんだ。
で、今この国は、電気も通ってねぇし、最速の移動方法が 馬だったりする。
よその国じゃ、鉄の乗り物がハヤブサより速く飛んでるって 話なのにな。
この国は、よそから分離されている。サコクって言うんだったか?
その、創成王さんの時代に、勝手やって閉じこもったんだな。
で、制裁も加えられたんだが、魔術で結界張って、跳ね返した らしい。
昔は結界を王さんが張ってて、今は神官が数人で張ってる。
ご苦労なこったな。
俺のうちにはアイロンは有るが、洗濯機はねぇ。冷蔵庫もねぇな。
ミシンは有っても良かったんだが、俺は手で縫うのが好きだしな。
電化製品は「失われた時代」から残った分、存在するんだが、 何せ電源がねぇんだから、使うやつも少ない。
アイロンくらいは、この発電機を回せば使えるから、俺は使う。

ザギにあぁ言ったが、スラックス1本直すのに、さして時間も かかんねぇから、どうするかなぁと考える。
やっぱりな、嫁さん欲しいねぇ。
俺のじゃなくて、子供ザギ の。
俺は別に、結婚したくねぇし(独りが気楽でいいな)
今唯一望むのは、「身の保全」だ。
30にもなって、何でこんなこと気にしなくちゃいけないんだろうな。
ここでザギを、結婚相手としてどうかと検討してみる。

外見は、割と良いほうだ。ハンサム、というよりは、まぁ、 可愛い・・・と言った方が、正しいかもしれねぇが。
やつは竜なので、人間の食い物は食わねぇ。唯一、砂糖だけが 好きらしいから、俺は皿に砂糖を盛って、やつに食わしてる。
つまり、「嫁さん」は料理できなくてもいいわけだ。
収入は、ない。本来、こどもの歳なんだから、当たり前か?
あぁ、それを持ちだしちゃ、嫁さん迎えるという計画自体が つぶれてしまうな。
嫁さんが気になるだろう、姑はいない。俺が結婚してねぇから。
俺の両親はどっちも、もういねぇから、「ジジババ」抜きってやつだ。
最高じゃねぇか。
しゅうとの俺はいるけど、何も言う気はねぇし、っていうか、 俺は他で暮らしたいしな。

よし、決めた。
勝手に、あいつの伴侶を決めてしまおう。
このままずっと、あいつの色欲処理の物体になってるわけには いかねぇし。
俺は本棚にしまってある、古びた書物を取り出す。
この本は、魔術やら妖精やら結界やら書いてある、
一般人から見たら、「くだらない」本だ。
えぇと・・・竜、りゅう・・・・

***

竜というのは、人間に比べて成長が早いかわりに、寿命が短いらしい。
つぅことは、はやくに結婚してもいいんだよな。
俺は商売人なので、いくらそう決めたといっても、急に 店を出ていくわけには、いかねぇ。
預かってた仕事は全部終わったが、店を休業してくには、 それなりの準備がある。
店番をザギがしてくれりゃあいいが、99、99パーセント、
「オレも行くー!」って言うだろうしな。
まぁ、やつが店にいても、受付くらいで実際の仕事は出来ねぇんだし、 意味ねぇけど。
「あいつ」の方は・・・来るのかねぇ。どっちでもいいがな。
はー、と俺は息をついてから、寝台にもぐり込んだ。
まだ夕方だが、面倒くせぇから寝ちまえ。
明日、朝飯作ってから、黙って出ていってしまおう。



甘かったな、と俺は思った。
ザギの野郎、いつも朝は遅いくせに、今日に限って起きてやがる。
へっへっへ〜、とやつは笑っている。
俺は、つぶやいた。
「よく・・・分かったな。」
するとザギはこう答えた。
「オレは、ソウマのことなら何でも分かるよ。」
・・・・・・・・・・それなら、俺を襲うのはやめろよ。
ふと後ろを見ると、吟遊詩人のクラウスが立っていた。
吟遊詩人なんだ、やつは。楽器なら、たとえ見たことのない ものでも、持った瞬間に完璧に演奏できるという、特殊な職業だ。
クラウス自身は、その職業を気に入ってねぇみたいだが。
こんな朝はやくから、この女もいるってことは、クラウスは 昨日、泊まってったんだろうな。
1階に部屋はあいてるからな。元は俺の部屋だったんだが、 俺が「元はオヤジの部屋」だった2階に、逃げたから。
思うに、クラウスが俺を気にかけてるってことを、ザギの野郎は 知ってると思うんだが、ザギとクラウスは、妙に仲が良い。

共同戦線はってんだったら、嫌だな。
やっぱり、竜の考えてることは分からねぇ。
ついてくんのか、とは、クラウスには聞かなかった。
ついてきても別に、面白いことなんて全然ねぇぞ?
それとも、それでも「俺のそばが良い」とか思ってんのか?
想われてるなぁ、俺は。もったいねぇことだ。
いいオトコ見つけろよ。

馬を借りて、俺はひとりでそれに乗った。
目指すは、中央部。城があって、神官がいるところだ。
こういう現実離れしたことは、やっぱり現実離れしたやつに 聞いたほうがいいだろ。
追いかけてくるなら、俺はとめねぇし。
とりあえず、‘一緒に行こう‘とは言わねぇが。

この国は十字の形をしていて、同じ大きさの正方形で、 5つに、地域を区切ることができる。
で、真中の「中央部」と呼ばれるところに城があって、 一番栄えてるところだ。ちなみに、俺が住んでるのは、「西部」。
城には、自由に出入りできるつくりになってる。
この国のトップは、おめでたい性格だな。何回か、攻めこまれてる くせに。門番とは名ばかりの、兵士が左右に立ってるだけ。
別に、いいけどな。この国がどうなろうが、知ったことじゃねぇし。
結界を張っているという、神官ってどこにいるんだ?


                               3に続く>>>

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