ミシンとドラゴンと俺 3

俺は今まで、神官という職の人間に会ったことがなかったが、 あきらかに目の前の人物は、一般的でないと思った。
神官ってひとに会いたいんだが?と城にいた兵士に聞くと、 兵士はあっさり、神官長だとかいう人のところまで、案内して くれた。
そこで俺は「神官長」に会った。会ったんだが・・・。
「アップルパイ、食べますか?」
そう言って微笑む相手は、確かに純白の法衣を着ていて、 首元に十字架がある。たすきのように一本、赤い帯を斜めに かけていて、それが長である証なんだろうと、思う。

思うが、何故彼は、俺に菓子をすすめるのか。
いや、これは「彼」なのか?それすらも、よく分からねぇ。
俺がそのまま黙っていると、相手は言う。
「アップルパイはお好みでなかったでしょうか?ではチーズケーキは? シュークリームは?」
俺は喫茶店に来ているわけではないのだから、そんな風に ケーキの名前を並べられても、どうしようもない。
話がすすまねぇなと思っていると、ザギとクラウスのやつが 追いついてきやがった。よく分かったな、ここが。
案外、砂糖の匂いにひかれて、やってきたのかもしれねぇ。
人間の食い物のなかで唯一、砂糖だけが食せるザギは、 もちろん甘党だ。
クラウスも、甘いもんが好きだ。
・・・・・俺も嫌いじゃねぇけど。(酒、飲めねぇんだよ俺)



神官長はそう口にしているが、別に手にケーキの皿を持っている わけじゃねぇ。
彼は、ポケットっていうのか、アレ?・・・一般的な服なら ポケットの位置にあるところに、両手をつっこんでいる。
で、割と小柄な彼は、俺の顔を見あげて、そのままの格好で しゃべるのだから、ふんぞりかえっている印象が有る。
まぁ、神官長ってエライんだろうから、ふんぞりかえってても 別にいいとは思うけどな。
俺が、「彼」でいいのかと思ったのは、相手の顔がやけに 綺麗だからだ。
俺がそういうと、また誤解されそうだから、嫌なんだがな。
しょうがねぇだろ、現にザギやクラウスだって、相手の顔を見て ぼおーっとなってるしな。
神官長のその人物は、白い肌と対照的に、髪が真っ黒だ。
闇夜色っていうのか。あぁいう色の生地、買うと高いんだよな。

いつまでも神官長神官長と呼んでるわけにもいかねぇと思って、 俺は、尋ねた。
「アンタ、神官長だよな・・・・?名前を聞いてもいいか?俺はソウマ・ エルイル・グレイ。」
「わたしですか?わたしはファイヤーエレメント。」
炎の精霊ファイヤーエレメント ?」
「そう。」
「・・・・・・・・・・・・・それ、名前か?」
「はい。」
俺は言葉につまったが、このさい別に、彼の名前が変わっていようが いまいが、気にしないことにした。
ところでここに一緒にいるはずの、ザギとクラウスの2人が静かなのは、 やつらが菓子を食ってるからだ。神官長が、持ってきた。
その際も彼は両手はポケットにつっこんだままで、菓子の乗った皿は、 どこからかワゴンにのせて、それを押してきたんだ。手、使えねぇのかな?
俺も、目の前の皿の菓子を少しつつく。
俺はどーも、根っからの商人らしく、タダでもらえるものは、必ずもらって しまうくせがある。
だってこれで一食ういたら、楽だし経済的だろ?

俺はここに「相談」に来たんであって、菓子を食いにきた わけじゃねぇ・・・。しかし、神官長の彼はニコニコして、俺たちが ケーキを食うのを眺めている。
毎日、ヒマなんだな、きっと。
神官の仕事は、「結界を張ること」。普段は、やることがないのかも しれねぇ。可哀想だな、やっぱこの菓子、食ってやらなくちゃあ ならねぇな、と思う。
本題はいつから切り出せばいいものやら・・・。
相談しようとしている問題が問題だけに、俺は彼に直接話したいし、 菓子に夢中のやつらを置いて、この部屋を出たい。

この国に、竜はまだいるんだろうか?
どうせなら、同族の伴侶を見つけてやりたいだろ?
イイ父親だなー、俺。

***

彼を連れ出すのも難しいと思った俺は、<暗結界>と唱えた。
ぽっかり、暗闇が俺と相手だけを覆う。
これは別に、内緒話用に開発された呪文じゃねぇんだけどなぁ、
俺、こんなことばっかに使ってるな。
ほんと、製作者に申し訳なく思うぜ。俺なら使用料とるんだけどな。
とりあえず「2人きり」となれた俺は、神官長に向かって、言った。
「アンタ、物知りそうだから聞くんだけどな、
あの灰色の髪のガキ・・・図体はデカイがガキなんだ・・・、
竜族なんだが、この国に、まだ竜っているんだろうか?」
すると神官長は少し考えてから、首を左右に振った。
「長く生きてますが、竜族は久しぶりに見ましたよ。
途中から、数が激減しましたからね。」
「あぁ、60年前くらいにあった、‘竜族の反乱‘だろ?
数の差で、どうにか人間が勝ったってやつ。
それにしても、アンタ長く生きてるって・・・幾つなんだ?」
と、俺は聞いた。
すると神官長、
「創成王の次・・・2代目の王の時代から、わたしは神官です。」
「はぁっ!?そんなに長く生きてるのか?」
どうやら彼には長命な種族・・・エルフか何かの血が混ざっている らしい。俺は続けて聞いた。
「退屈だろ?」
「退屈ですよ。」
そして彼は、けらけら笑う。俺は対照的に、顔を歪めてしまった。
神官長の彼は、手をふりながら、俺に向かって、言った。

「ソウマさんとやら、実はですね。
わたしは、長く生きてるせいで、ひとの目を見ただけで、そのひとの バックグラウンドが、分かるようになってしまったんですよ。
ですから、‘困り事‘を正直におっしゃってくださって、結構です。
言わなくても、大体分かってますけど。」
日々退屈している彼は、俺が来たことでヒマがつぶれるのが 嬉しいらしい。
バレてんなら、別に隠す必要性もねぇし、俺は言った。
「竜のガキに襲われんだよ、どうしたらいい?」
「・・・・提案がひとつありますが?」
何だ、と俺は聞いた。

「貴方は、<土=黒>の属性ですよね?」
「そうだ。」
「で、あの竜の男の子は、<火=赤>の属性?」
「そうだろうな。」
神官長は、ひとつ息をついてから、言う。
「貴方か彼、どちらか神官になってくださいませんか?」

***

はぁ?!

俺は驚いて、今張っている結界を閉じてしまうところだった。
神官になる?
っていうか、ソレって、神官長が集めるものなのか?
人員不足か?自給自足か?
そんなもんになる気は、さらさらねぇし。
神官長は、ため息をつきつつ、言う。
「あのですねー、正直言って、わたしも神官として暮らしていくのに、 飽きたんですよ。180年近くやってますからね。
他の神官は、何年か経てば力が衰えて、普通の生活に戻るんですが、 わたしは、何故か力が衰えなくて。
で、ずっと神官をしているものですから、いつからか‘長‘になって しまいました。
お気づきかもしれませんが、今、わたし以外の神官は、いません。
人員不足なんですよ。
ですから、貴方がたは珍しく魔力もあるようですから、神官に なりませんか?
そしてわたしを、解放してくださいよ。」

最後の言葉が、このひとの本心らしい。
そうか、神官長もこんな生活やめたいのに、しょうがなくて やってるのか。
創成王さんよ、アンタのおかげで随分迷惑してる人がいるんだぞ?
まぁ、聞こえてねぇと思うけど。
神官になれば、身の保証はされんだろう。つまんねぇ生活と一緒に。
ふたり一緒になったら地獄だな。愛の巣とか、言うんだろうなザギの野郎。
俺は嫌だな、そんな生活。
だからといって、自分のこどもをここに放りだすほど、 俺は冷たい男じゃねぇんだよ。あー、甘いな、俺。
だから、こどもがつけあがるんだろうな。
ちくしょう、答えが見つからねぇ。

「迷っているのですか?」と神官長は言った。
当たり前だろ。こんなこと即答できるヤツがいたら、それは 早押しクイズの達人だろ。
俺は頭をかきむしってから、「明日、答えるんでいいか?」と 言った。神官長はうなずいた。
他に、俺を救うてだては、考えてくれないらしい。
相手も人間だからなぁ。損得ってもんがあるよなー。
良い‘攻め方‘だよな、ひとの弱いトコついてくるっていうか。
伊達に、長く生きてないみたいだな。
はぁと俺は息をついて、結界を閉じる。
依然としてケーキを食ってる2人がいる。俺は何も言わずに、 さっきまで座っていた席に、また腰かけた。
一方神官長のほうは、俺を見るなり、
「ゆっくりしていってください。時間はたっぷりあります。
・・・・お茶いかがでしょうか?」
と言った。
楽しんでやがるな?
                           4に続く>>>

<<<創作ページ
<<<サイトTOP