「ねぇ・・・どうして、この国はこんな風なのかな。」
「ん?どういうことだ?」
彼の腕に包まれて、レイチェルはつぶやくようにして、言う。
「昔はさ・・・王様がいて、妖精や精霊も住んでて・・・それで、
皆幸せに暮らしてたのに、
民主制に変わってから、この国はどんどん発展して・・・代わりに、
無くなってしまったものも、多いよ。
差別が多くて、頭の堅い人間ばっかり。
私が上のひとだったら、そんな風にはしないのにな・・・・。」

彼女の髪をすうっと撫でて、エルフの彼は笑う。

レイチェルは、うすうす気がついていた。
彼と一緒にいるためには、この国を変えるしかないと。
「妖精」である彼は、このままでは他の人間たちに受け入れられない。
少女は、彼と居たかった。それだけが望みで。

少女は、国を変える。

まず、大昔の歴史を勉強した。
小さな村の代表になった。
あとは段々と、力をつけていって。
毎日森に通っては、彼に報告をした。

「もうすぐだよ。もうすぐ、この国は変わるから。」

大昔、妖精や妖獣が住んでいた頃まで、文明を戻す。
少しずつ、少しずつ。
そして、差別の無い平和な国にする。
私が、変える。

嬉々として話す彼女の顔を、エルフはまっすぐ見られなかった。
彼女が目標を達成した際、自分に言う言葉が、分かっていて。
そしてそれを、自分が受け入れられないのも、分かっていた。

ひとりになってから、エルフは思わず顔を覆う。
どうしてなのだろう。
断れば、彼女は傷つくのは分かっているのに。
私も、彼女を愛しているのに・・・・・!!


******************************


赤い髪のレイチェル、30歳半ばにして、創成王とひとから
呼ばれることとなる。
年月は経っても、同じく美しいままのエルフの元へ行って、
彼女は、告げる。

「エルフィリオディーア・・・私と、一緒に来て。」

差し伸べられたその手を、どれだけ取ろうとしたことだろう。
必死にその思いを押さえつけて、エルフは顔を左右に振った。

「レイチェル、私は、お前とは行けない。」
「えっ・・・?」
「もう、私に会いに来ないでくれ。」
「・・・っ何故・・・!?何でそんなことを言うの?!」
「さよなら、レイチェル。」

エルフは魔術で、その場から消え去った。
赤い髪の王は、地面に崩れ落ちる。

「・・・・どうして・・・・っ!」
泣き叫んで、それでも、愛しい彼は帰ってこない。
私は、何か彼にしただろうか?
分からない。私はただ、貴方と一緒にいたくて・・・。
涙があふれて、前が見えなくて。

貴方がいない世界に、私は放り出される。


*****************************


ホワイトキングダムの創成王、レイチェルは女性だったが、
自分を「女王」と呼ばせることは、決してなかった。
それは「女王制」を築きたいわけでは、なかったから。
自分が死んだら、誰が継ぐのでも、また、元の民主制に戻るの
でも、構わなかった。

彼のいない、この世界に未練はなかった。
自分のわがままで、この国を変えたのだから。

彼と別れた後も、彼女は何度も森にエルフを呼びにいったが、
彼が姿を現すことはなかった。
そのたびに、彼女は泣いて。
遠くからその姿を確認できるエルフは、同じように顔を曇らせる。

私といては、お前はまた迫害を受けるから。
人外の力を借りて、王になったと言われたら、辛いだろう?
お前は、人間として幸せにならなければいけない。
人間と結婚して、子を産み、子を育て、
私のことなど、幻想であったと忘れてくれればいい。

立ち入りすぎたと気付いたころには、もう遅かった。
別れの言葉を告げた時には、身が切られる思いがした。
私も、お前を愛していたから。
どうか、それ以上泣かないで・・・・。

                  *

創成王は、40を間際に、突然病に倒れる。
目が見えなくなり、足が動かなくなる。顔には皺が刻まれ・・・・
「老衰」だった。

小さかったレイチェルを、無理やり薬で成長させたから。
薬を飲まなくなってからも、彼女の身長はぐんぐん伸びた。
城の中にも、王より大きなものはいなかった。

もとより、大きくなる体質だったのだ。
それを、勝手に魔術でいじったから。
彼女自身が望んだことだったとはいえ、迂闊だった。
エルフは初めて、彼女の元を訪れる。

白い肌に黒い髪の、長身の青年。
見れば、耳が少しとがっている。
城にいた人間は、怖れおののいた。人外だと。
「もうこの国は、貴方が出てきても大丈夫な国に変わった」と
レイチェルは言ったけれど、現実は、エルフが考えていた方が
正しかった。
邪魔をする兵士を振り切って、王の寝ている間へ向かう。

王は、眠っていた。それ以外の生命活動をするのが、
辛いのだろう。
そっと彼女の手を取る。病人は、目を開けた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・エルフィリオディーア・・・・・?」
そうだ、とエルフは答えた。
「来て、くれたんだ・・・嬉しい・・・・。」
そう言って、王は微笑んだ。エルフは彼女の顔に手を当てて、言った。
「すまない・・・・。」
「どうして、謝るの・・・?」
「私が・・・お前に薬を与えたから・・・!」

そう言って、顔を伏せるエルフの彼に向かって、赤い髪の彼女は
つぶやいた。
「貴方は何も悪くないよ。私が、望んだんだから。
私ね、早く大きくなって・・・貴方に、抱かれたかったの。
でも、貴方はキス以上のことはしてくれなかったけどね・・・。」
ふふ、と彼女は笑う。

レイチェル、レイチェル、と彼女の髪を梳いて、エルフは
涙声で言う。
「すまない、すまない・・・・!!」
私が、小心者だったから。
他人から何と言われようと、お前のそばにいれば良かった。
それだけが、私の望みだったのに・・・!!

王は、最後に一言、言った。

「エルフィリオディーア、お願いがあるの。聞いてくれるかな・・・?
行かないで、出て行かないで、この国から。
この国は私、私自身も同じだから・・・・・。」

そして灰色の瞳を閉じ、それ以降、彼女は全く動かなくなって
しまった。

*****************************

「それで、おわりなの?」
と、少女は聞いた。少女の母はパタンと本を閉じて、そうよ、と言った。
「そう、これが‘王とエルフの物語‘なの。」


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「創  作」