早押し戦隊 クイズレンジャー

第1話 「天然ボケ2/3(さんぶんのに)」

ある商店の閉じられたシャッターに、貼り紙が1枚してあった。
「元気で明るい男女・若干名募集 土日出られる人大歓迎!」
アルバイトの募集だと思った。

***

1月2日。
世に言う「お正月」の時期である。
ここにいる1人の青年も、一般的な日本人として、正月を楽しんでいた。
青年の名前は、五京 恭四郎(ごぎょう きょうしろう)と言う。
少し変わった名字だが、ごく普通の、34歳のサラリーマンだ。
少なくとも、本人はそう思っている。

彼は今「独り」で正月を迎えているが、今度からはそれをやめたいと思っている。
早い話が、恋人にプロポーズしようと思っているのだ。
恭四郎は毎日仕事が忙しくて、買い物になど行ったためしが無かったが、
プロポースといえば指輪だろう、と「新春初売りセール」と看板を掲げた、
宝飾店にやってきていた。
恭四郎はしばらくケース内の宝石を眺めていたが、急に思い立って、店の外まで出て、
携帯電話をかけ始めた。
電話の相手は、彼が父親のように慕っている相手だった。父親本人ではない。
相手はすぐに出た。

「はい、もしもし?」
「箱部(はこべ)さん?恭四郎です。お休み中電話して、すみません。」
「いえいえ、構いませんよ。どうしましたか、恭四郎坊っちゃま。」

箱部という男は、本心から楽しそうに応対した。
彼が恭四郎のことを坊っちゃまと呼ぶのは、恭四郎が小さな頃から仕えているからである。
本題に入る前に恭四郎は、今箱部が何をしているか尋ねて、
「はい、私は妻の買い物に付き合わされているところですが。
どうしても、福袋が欲しいと言って、ききませんでしてね。」
という話を聞いた。

「そうですか。・・・箱部さん、ひとつお聞きしたいことがあるんです。」
「何でしょうか?私で分かることでしたら、お答えしますが・・・。」
「”婚約指輪は給料の3ヶ月分”って、今でも”常識”なんでしょうか?」
「??指輪の、相場ですか?給料の3ヶ月分・・・うーん、おそらく、まだ有効だと思います、私は。」

そんなに、宝石のことは詳しくないですが、去年娘が結婚した時に、
そのような話をしていたような気が・・・と箱部は答える。
そうですか、と青年は答えたが、その声は重い。
箱部は心配になって、聞いた。
「どうかしましたか、指輪が?」

「ボク、今、宝飾店に来てるんですけど、
給料の3か月分で見積もると、えらく大げさな指輪になってしまうんです。」

電話の向こうの初老の男性は、思わず言葉を失った。
しばらくしてからコホンとひとつ咳をして、箱部は年少の青年に、アドバイスを与える。
「あー、坊っちゃま?貴方の場合、給料の3分の1・・・いや、10分の1で
宜しいかと思います。・・・人にそれぞれ、事情というものがございます。」

恭四郎は年商20億を超える、大会社の社長だった。
必然的に、給料もそれなりに貰っているわけで。
サラリーマンだが年収が2000万を超えているので、確定申告が必要な身である。
その書類を毎年全て自分で書いている、真面目な男だった、恭四郎は。

彼の好きなことは仕事と、意外にも昼寝で(後者は、出来ることなど全く無いが)
嫌いなことは「安息を乱されること」である。

***

ブラウンのカラーの入った眼鏡をかけ、上等なスーツに身を包んだ男性が、
高級外車から出てくる。
彼は片手に、ヴァイオリンケースを持っている。
しかし今は、その中身=ヴァイオリン=は、入っていなかったが。
中身がないのにどうしてヴァイオリンケースなんぞを持ち歩いているのかと言えば、
無いと、落ち着かないのである。一種の職業病なのかもしれない。

そう、彼はヴァイオリニストだった。しかも、随分名をはせた。
一流のヴァイオリニストだった。
普段はヨーロッパを中心に活動しているのだが、今は正月ということで、
日本に帰ってきているのだ。
彼は結婚していなかったが、寄るべき場所=愛する女性のもと=へは、行くことが出来た。
それも、”そこ”は数ヶ所ある。
彼は気が多かった。そして、情熱が長続きしない体質でもあった。
だから相手をころころ変える。
若くて才能もあり、裕福で外見も良い彼は、非常にもてた。
だから好き勝手に遊んでいた。身を固めようなどとは、微塵も思わなかった。

ヴァイオリニストの青年の名前は、三千院 泉(さんぜんいん いずみ)と言った。
好きなことはヴァイオリンとインターネットと、そして”寄付”。
嫌いなのは頭の悪い人間と、スポーツ全般である。

***

各務天勝寺(かがみてんしょうじ)学園、という名の高校がある。
各務(かがみ)市に立っていて、私立の男子校だ。
印象的な白い学ランに、青のラインの制服だから、地元でも有名である。
高校としてはかなりランクが高く、いわゆる一流校だった。
ただし大学に進学する率が、極めて低い。
おそらく学校で大学以上のことをやっているからだ、と、もっぱらの噂だ。
ともかくその天勝寺学園の2年生に、ひとりの男子がいた。

少年の名は英世(ひでよ)と言い、珍しい、白い頭をしている。
染めたのではなくて、天然だ。別に西洋人の血が流れているわけでもないが、髪が白い。
彼は今、東邦駅のホームにいるのだが、ふと気づいた。
(家に、名札を置いてきちゃったな・・・。)
忘れ物をするなど、少年には珍しいことだった。

どうやら彼は、年末年始実家に帰省していて、今帰ってきたところだったが、
うっかり実家に、名札を置いてきてしまったようだ。
帰省で何故、名札を忘れるはめになるかと言うと、「天勝寺学園の生徒は休暇中、
学園外に出る際には、必ず制服を着用しなければならない」という校則があるからだ。
英世は校則通り、制服で(もちろんその上にコートは着ていたが)新幹線に乗って実家に帰り、
そこでコートを脱いだ時に名札をしているのもおかしいからと、それを一旦外した。
そして、そのまま名札だけ置いてきてしまったのだ。
参ったな、と英世は思った。


                    続く>>>


「創  作」