早押し戦隊 クイズレンジャー

第2話「高級外車に乗る男」

英世少年は困っていた。名札が無いからだ。
そんなもの、実家に電話してすぐに郵送してもらえばいいだろう、
という意見もあるだろうが、彼の場合、そう簡単にはいかなかったのである。

珍しい、白い髪をした少年は、東邦駅のホームで、立ちすくんでいた。
そこに男が、声をかけた。
「どうした?」

***

商店の閉じられたシャッターには、依然として貼り紙がしてあった。
まぁ、今日の午前に確認して、今は同じ日の午後なのだから、無くなっている方が変かもしれないが。
「元気で明るい男女・若干名募集 土日出られる人大歓迎!」
ワープロで打ち出したのか、黒一色で書かれている。
下には時給と、面接会場だけが記述されていて、「応募元」も、連絡先の電話番号も記されていない。
よく見ると怪しい広告だな、と、買い物帰りの恭四郎は思った。

買い物帰りと言っても、結局大したものは購入しなかったのだが。
店内でいろいろ見せてもらったのだが、どういったものが相手の好みなのか分からなくて、
何も買わないで宝飾店をあとにした。
今彼が手に持っているのは、帰ったら食べようとコンビニで買ったレトルトカレーだけである。
貼り紙に、時給700と書いてあって(そりゃ安すぎだろ)と、内心彼は思った。

おかしなもので、時給700とあれば、人は勝手に「円」だと思い込むようだ。
よく見れば、下に小さく書かれていたのに。dollar(ドル)、と。


コンビニの袋をブラブラ揺らしながら、恭四郎は正月の街を歩いていった。
数メートル先に、見るからに高そうな上質のスーツを身に纏った男性が、
見るからに高そうな車に、乗り込もうとしているのが見えた。
彼のスーツ姿が、おかしな言い方だが、とてもサマになっていたので、
恭四郎は立ち止まって、その彼を眺めていた。
別に、あやしい趣味はない。
恭四郎が好きなのは、後にも先にも「ハルカ」という名前の、気の強い女だけだ。
(もちろん、その彼女に渡すための指輪を、先ほど選んでいたのだが。)
じっと見つめていたつもりは無かったのだが、スーツの彼がいきなり振り向いて、
己に声をかけてきたから、恭四郎は驚いた。

しかもそれが、「何か?」という怪訝そうな声や「何を見ている!」という怒りの声ではなく、
「シロウ君!?」という自分の愛称だったのだから、なお驚く。
シロウ君と呼ばれて恭四郎はしばらく考え、それから答えを見つけた。
恭四郎は手を振って、相手に近づいていった。

「あー、泉さんか。戻ってきてたんだ、日本に?」

三千院泉は世界に名をはせたヴァイオリニストであり、その顔は新聞や雑誌で広く知られていたが、
恭四郎が泉を知っているのは、そういった理由からでは無い。
彼らは同級生だったのだ。クラスも同じで、親友と言ってよい間柄だった。
もちろん双方、普段は仕事で忙しいわけでなかなか会う機会が無かったが、
泉は、日本に居て自由な時間ができると、たまに恭四郎に電話を掛けたりした。
恭四郎は友人の近くに寄ると、さらによく、彼のスーツと愛車を観察し、
ヴァイオリニストの彼に言った。

「相変わらず、良い車に乗ってんなー。服は何だ、ヴェルサーチか?」
「いや、これはiz_brandっていう僕専用のブランドのスーツ。フランスに本社があるんだけどね。」

へぇ、とまるで庶民のような声を出す、恭四郎。
恭四郎も結構”いいとこの出”で、現在裕福でもあるのだが、あまり生活が派手ではない。
俺が今着ている服は幾らしたかな、と頭の中で計算してみた。
そんなことより、と恭四郎は気づいて、泉に尋ねた。
「こんなとこに、正月から何しに来てるんだ、泉さんは?」
ここは下町の商店街だが、神社などはなく、初詣とは考えられない。
泉は、自分と違って、こんなところまで買い物に来るはずもないし。
だから恭四郎は、気になって尋ねたのだ。
すると泉はふふと微笑んでから、答えた。

「寄付、だよ。ここに団体の事務所があってね。」

2日から開いてるってホームページに書いてあったから、と彼は続ける。
恭四郎は、相手の言葉を鵜呑みにしない。
泉が嘘をついていると思っているわけでは無い。
ただ、寄付をしにきたと聞いて大半の人間が思う感情を、先に持たないだけだ。
恭四郎は、”彼”を知っていたから。
聞かない恭四郎の代わりに、泉は自ら答えた。

「どーせ税金で、大半は国に取られちゃうし。
”寄付金控除”って有るでしょう?それに使うから、領収書も貰ってきた。」
泉は所得が多いので、その多くは税金として徴収されてしまう。
その対策に、寄付をするということで。
「何にも分かってない馬鹿に任せるよりは、そういう所の方がまだ、
友好的な金の使い方をしてくれると思えるし。」

前者は多分政治家を指すのだろうな、と恭四郎は思った。
久しぶりに会った泉は、相変わらずだった。
彼は優しいようで厳しい。厳しいようで優しい。
ひとことで表現するならば、そう、ぴったりな言葉がある。

「黒い」


                    続く>>>


「創  作」