早押し戦隊 クイズレンジャー

第3話「緊急事態発生」

どうした?と英世に声を掛けてきたのは、彼の友人たちだった。
口調が乱暴なのは声を発した主の癖であって、含むところは無い。
英世はうつむき加減だった頭を、元に戻して、言った。
「忍(しのぶ)君、それに奥さん。」

今、少年は「忍君それに奥さん」と言ったが、夫婦が現れたわけではなかった。
そのように勘違いされる場合もあるので、呼び名を変えてほしいと、
”忍君でないほう”は思っているのだが。
背の高い少年が、2人立っている。
ひとりは黒い真っ直ぐな髪を真ん中に分けていて、一重だがぱっちりとした瞳の、愛想の良い少年だ。
彼が、忍という名前である。
もうひとりは、硬質な髪を短く切りそろえた糸目の少年で、「奥さん」と呼ばれている方である。
男なのに何故”奥さん”などと呼ばれるのかと言うと、なんてことは無い。「奥」という名字なのだ。
名前は、太陽(ひろあき)という。
忍はニコニコしながら、聞いた。

「アメさん、どこ行くのっ♪あ、もしかして帰ってきたところかな。」
当たり、と英世がつぶやいたので、忍はなお笑った。 ちなみにアメさんというのは、英世の愛称だ。
「・・・それにしては、何だかぼーっとしてなかったか。」
そう、太陽が尋ねたので、英世は答えた。
「うん、実は、うちに名札を置いてきちゃったみたいで。」

それを聞いて忍は、何故かその場でくるくる周りながら、
「いやー、それはまずいね。どうにかしなきゃ!」
と言った。横ではしゃぐ友人の頭を、ぐいと押さえつけてから太陽は (忍も背が高いが、彼の方がなお長身だ)告げる。
「実家に置いてきたんだろ?連絡して、送ってもらえないのか。」

「駄目だよ〜ダメダメ。」
何故か英世本人ではなく、忍がそう答えたので、太陽は怪訝そうに、細い目をなお細くした。
何で、と低い声でそう問うと、忍は言う。
「アメさん、お母さんに心配かけたくないもんねー?
僕覚えてるよ、昔のこと。」
太陽はますます訳が分からなかったが、とりあえずここに固まっていると、
電車に乗る人の邪魔になると思い、場所変えるぞ、とだけつぶやいた。


英世のフルネームは、飴山英世(あめやまひでよ)という。
実家は和菓子屋をやっている。別に飴専門店ではない、和菓子を扱う店だ。
「和菓子 あめやま」は英世の母と、祖父・祖母の3人で経営しているが、
その母が、ひどく心配性なのだ。
きっかけは、英世少年が幼い頃、大きな病にかかって死にそうになったことに由来する。
彼の髪はその時白くなったものなのだが、それ以来彼の母は、息子のことが心配で心配で、
しょうがないらしい。
今の学校、各務天勝寺学園に入学して寮生活を送ることだって、猛反対された。
というか、泣いて説得された。”おかあさんの元から離れないで”と。
英世自身は、母がもちろん嫌いでなかったが、あまりにも母が過保護なので、
自分はもう大丈夫なのに、やたら体調やその他のことを聞いてくるから、
困ったな、と思っているだけである。

忍が「昔のこと」という話は、こうだ。
英世と忍は、同じ小学校だった。小学校中学年の頃だ。
その日も英世は、珍しく忘れ物をした。5限目の算数で使うコンパスを家に置いてきて しまったのだ。気づいたのは昼休み中。
学校の脇にある文房具店にコンパスは売っていたが、持っているものをまた買うのは、 英世は好きではなかった。それに彼は、お金を持っていなかった。
英世の家は学校から遠くはないのだが、子供の足で15分かかる。
往復すれば30分だ。昼休みを使ってもギリギリ間に合うかどうかである。
そこで忍は言ったのだ、「おうちに電話して、持ってきてもらったら?」と。

妥当な線である。家から自転車などで来れば5分とかからないだろうし、
その人が帰るまでにかかる時間は、往復でも10分である。
英世の家が自営業なのを考慮しても、そう負担にならない時間だ。
英世は悩んだが結局その案に乗り、持たされていたテレカを使って、学校から電話をかけたのだが、
彼の母はものすごい形相で、小学校に飛び込んできた。

そして言ったのだ。
「英世!コンパス以外に、足りないものはない?
鉛筆は!?消しゴムは!?いじめっこに取り上げられたりしてない!?
大丈夫!?おかあさん、珍しく貴方が電話なんかしてくるから、何があったのかと!
もう、心配で心配で・・・!」
そこで、幼い英世少年は、思ったのだ。
考えてくれた忍君には悪いけど、電話をしたのは失敗だったな、と。
母の心配性が、今日ここに来ることでひどくなってしまった、と。
そして彼は強く思うのだ、もう忘れ物はするまいと。

実際彼はそれから8年間、全く忘れ物をしなかった。
名札で困る、今日という日まで。

「でも、名札いるよねぇ、どうっしよ〜。」
ケラケラ笑いながら忍は言って、英世の顔を覗きこむ。
名札を送ってなどと連絡すれば、「名札を郵送」で良いのにあの女性(ひと)は、間違いなく
名札を持って、新幹線で上京してくる。
いや、やって来ること自体は別に構わないのだが、また言うのだ。
「やっぱり、おかあさんと一緒の方がいいでしょう?!
ね、英世。今からでも遅くないから、自宅から通いましょう?
おかあさん、頑張って働いて、通学費稼ぐから。早起きしてお弁当も作るから。
だから英世、お願いだからそばにいてちょうだい・・・!」
帰省して帰る時も説得するのに一苦労したのに、また一苦労しなくてはならない。
それは、いくら温和な英世にとっても、避けたい事態なのである。

ふぅと英世は、小さく息を吐いた。
いつも冷静な太陽は、事情を大体把握したらしく、悩む友にこう提案する。
「学校が始まるのは8日だろ。まだ日はあるな。
それまでにこっちから、こっそり実家に帰って名札を取って、またこっそり帰ってくる。
・・・ってのはどうだ。」

横の彼の言葉に、忍は何故か目をキラキラさせて、
「奥さん、それはいい!いいよ、最高!
知らぬ間に列車で郷(さと)に帰り、急いでそのまま東京に戻るっ!
いいな〜!ミステリー!サスペンス!」
と言った。
「”謎”も”不安感”も関係ないだろ・・・。」と太陽はつぶやいたが。
当の英世は、楽しい友人たちを眺めて、微笑っていた。


                    続く>>>


「創  作」