ルビー 3


「あんなこと、言っちゃ駄目だよ。」

と、まるで子供に注意するかのように、グラディウスは カルマに告げた。
今は一旦立ち止まり、パーティは休憩をとっているところだ。
そう言われて、カルマはこう返した。

「だが、わたしが女性に興味ないのは、事実だろう?
それを正直に答えて、何が悪いんだ。」
「だから、誤解をまねくような言い方にならないように、 気をつけて、って言ってるんだよ。」
とグラディウス。
するとカルマ、腕を組んでからこう言った。

「じゃあ何か。お前はわたしが男色家に見えるとでも言いたいのか!?」
「違う!そういうことじゃなくて!」

剣士は思わず声を荒げてしまった。その様子を見て、 少し離れたところにいる、小人たちは口々に言った。
「「「ケンカはやめろよ〜」」」
エルフは冷静な目で、2人を見つめていた。


何だか妙な連帯感を持たせてしまった、例の質問だが、 残されたグラディウスはというと、彼らの問いに、 「優しいひと」という、あいまいな答えをした。
「優しい女性」でないところが、彼らしい点であるのだが。

このねずみ色の髪と瞳の青年は、目の前にいる 黒い髪の変わり者の青年に、恋をしていたから。

***

それに彼自身が気づいたのは、数ヶ月前だ。

材料をもらったんだ、と、いろんな「粉」(グラディウスには その違いが分からない)を両手に抱えて、カルマは ある日帰ってきた。
次の日、彼の手製の菓子でいっぱいの、お茶会が始まる。
グラディウスには食べ物の好き嫌いがないので、 料理を作る人間であるカルマにとって、彼は、作ったものを すすめる相手として、最適である。

ポットから茶を注いで、自分の前に出すカルマの様子を 眺めていて、グラディウスはふと、思った。

(あぁ、僕、このひとが、好きだ。)

それは至極当たり前のような感情の発生で。
もちろんその「好き」というのは、嫌いでないとか、好ましい とかいうものではない。
言うならば、特別な「好き」で。愛している、という強い想い。
好きだ、と思ってから、グラディウスは続けて思う。

(・・・・・・・・・どうしよう。)
それは本当に、途方にくれているのだ。

普通、誰かに恋をしたとき、どうしようと思うのは、
どうやって相手に想いを伝えるか、または、伝えるか伝えない か迷っているかの、どちらかだが、彼が困っているのは、違う意味でだった。

何故、彼を愛したか。
想いが彼にとって、重荷にしかならないことを、知っているのに。
どうやって、この想いを打ち消そう。
ひた隠しにすることも、出来るかどうか分からない。

考え事をしている相手に向かって、カルマは顔を近づける。

「何、ぼーっとしてるんだ?茶が冷めるぞ。」

そう、彼は言った。一瞬正気に戻ったグラディウスは、 思わず、彼の片頬に、手を添えてしまった。
「?」
何だこの手は、と彼は言いたそうだったが、手を引き離す ことはしなかった。
長身の青年は、自分の中の‘別の人格‘が、おそろしい声を発するのを、聞いた。

(そのまま、引き倒してしまえ。)

普段、ひとを寄せ付けない印象を与えているのに、
自分にだけ、こういった無防備な姿を見せる、カルマ。
不思議そうに、こちらの様子を赤い目で眺めている。
添えられた手に、何の疑問も持たず。

そうだろう。カルマが彼に期待しているのは、友情と、信頼。
それ以上のものは、何もない。
それなのに、グラディウスは気づいてしまった。
望んでしまったのだ、それ以上のものを。

‘わたしはやはり、神経が何本か切れているんだろうな。
想いが、全く分からないなんて。‘
そう言って、自嘲気味に笑う彼を、愛した。

そしてグラディウスが、自分が愚か者だと思う、最大の理由。
それは、神官のごとく清らかに対象を愛せないということ。
同性だというハードルがあったとしても、心だけでなく、
体までも、欲してしまうこと。

***

ではそろそろ、とリュークが告げて、パーティは再び探索に出る。
この浅黒のエルフの司教は、パーティのリーダーとして完璧だった。

何しろ、判断力が良い。今日パーティに加わった カルマとグラディウスでさえ、強くそう思った。
エルフの彼は2人には、そう多くの注文をしなかったが、 他の仲間、ドワーフの戦士やホビットの盗賊、 ノームの僧侶には細かく指示を与えていた。
それは、例え彼に反抗的な人物がいたとしても、納得するしか ないと思われるほど、的確な指令で。
その見事なリーダーぶりに、カルマは声をかけたが、 リュークは少し照れて、「長くやっているだけですよ。」と 返した。


ギルドに帰還した6人は、適当な挨拶をして、別れる。
元の、4人と、2人に。
グラディウスは隣に立つカルマに向かって、尋ねた。

「疲れた?」

あぁ、という答え。誰でも、初対面の人に接すると緊張して 普段より疲労を感じるものだ。僕もだよ、とグラディウスは 軽く告げた。
ふと向こうを見ると、茶色の髪の、ホビットがこちらに向かって 歩いてくるのに気がつく。盗賊の、バルナックだ。
彼は小柄な体躯を思いきりのけぞらせて、2m以上背のある グラディウスの顔を見て、言った。

「なぁあんた。ちょっと話があるんだ、来てくれないか?」

その言葉を聞いて、少し隣のカルマの顔を見てから、 グラディウスは「行ってくる」とだけ彼に言い、じゃあ、と歩きだす ホビットについていった。

***

酒場にて、2人は座り、飲み物は?とバルナックに聞かれて、 グラディウスは、いいと答えた。
「そんなでかい図体で、酒飲めねぇのか?」と彼は言ったが、 アルコールが飲めないわけではなく、飲んでも酔わないので 面白くないから特に好んで飲まないだけ、と説明する。
それより、話って?とグラディウスは切り出した。

「最初から、立ち入ったことを聞くがな・・・。」
バルナックがそう言うので、グラディウスは思わず息をのむ。
ホビットの青年は続けた。

「あんた、・・・・あのひとが好きなのか?」

尋ねられてねずみ色の髪の青年は、ぐしゃぐしゃと自分の頭をかいてから、笑いながら、答えた。

「好きだよ。戦友として信頼しているし、面白いから一緒にいて 飽きないし・・・。」
「いや、俺が聞いているのは、そういうことじゃない。」
バルナックは、低い声でそうつぶやく。
「そういう意味じゃなくて・・・そんなんなら、俺だってダスの野郎とか グリーンとかリュークのことは「好き」だ・・・その、 もっと違う意味で「好き」なんじゃないのか、と聞いてるんだ。」

そういう、彼。グラディウスは何故相手がそんなことを尋ねるのか 不思議だった。
剣士は、尋ねた。
「君は、なに?おせっかい?」
そして、くっくっと笑う。こどものような反応の、ねずみ色の髪の青年に、ホビットは言った。

「俺は確かに、おせっかいかもしれないがな。
こういうのは、「パーティ」には重要な問題なんだよ。
あんた、昔、俺たちのパーティにいた、エルフの男と同じ目をしているから。」
だから気になるんだ、と彼は続けた。


                      ルビー 4 へ
創作ページ
サイトTOP