ルビー 4


バルナックは言った。
「昔、俺たちのパーティに‘ヒット‘っていう名の、エルフの魔術師がいたんだ。
やつは放浪のエルフだから、もうここにはいないんだけどな・・・。
やつは、ちょうどアンタと同じような目をして、リュークを、見ていた。」

ホビットはふいに横を向いて、つぶやく。
「リュークには、カミさんも子供もいるのにな、
何でそんなヤツに惚れたんだか・・・、叶わねぇのは明白なのに。
そういうやつがいたから、俺たちのパーティは一時期「割れた」んだ。
分かったか、だから俺はアンタに聞いてんだよ。」

小さな青年は、腕を組んでグラディウスを見つめている。
おそらく彼にとっては、同性を好きになるといった事自体も、 理解しがたいことなのだろう。
相手の話を聞いたグラディウスは、素直に、答えた。

「僕は、彼が好きだよ。それは、君が心配しているような 意味での、好き、かな。」

実は、僕自身もよく分からないんだよねぇ、とグラディウスは 笑いながら付け加える。
最後に、こう言った。
「でも僕は、・・・多分、そのエルフの彼も、そうだったんじゃないか と思うけど・・・「同性愛者」では、ないんだ。それは、覚えて おいてほしいんだけど。」

ねずみ色の髪の男の言葉を聞いて、バルナックは一応 納得したらしい。
彼はもう一度、尋ねた。
「アンタは、あの黒髪のひとが好きなんだな。」

あぁ、そうだねぇとグラディウスは、コロコロ笑って答える。
急に鋭い眼差しで、バルナックは言った。
「本気なんだな?どれくらい?」

それは、疑うというより、むしろグラディウスの想いを確認して いるという意味での、問いだ。聞かれた方は、少し考えてから、 いつもの口調で、こう答えた。

「そうだね。
‘彼と、肉体関係を結びたいと思うほど。‘」

***

酒場でバルナックと別れて、歩いていると、今度はリュークと出会った。
浅黒の美しいエルフの青年は、グラディウスを見るなり、言った。

「・・・・何かつまらないことを言う者が、いましたか。」

グラディウスは少し目を見開いてから、相手に尋ねた。
「何で、それを?」
するとリュークは顔を左右に振って、言う。
「私も気になっていて・・・。バルは鋭い男ですからね。」

どうやらこのエルフは、さきほど「者」とは言っていたものの、行動を起こしたのは バルナックだと、ふんでいたらしい。
近くにある椅子に腰掛けて、リュークは言った。

「バルは・・・直接的に、貴方に尋ねましたか。」

うん、直接的だったよ、とグラディウスは返した。
それにしても、何故彼らはそういうことばかり聞くのだろう、と剣士は思う。
もしかして、自分の言動は、自分では気づいてなかったけど、 かなりバレバレなのかなぁ、と心の中でつぶやいた。

「貴方は、ヒットと同じ目をしているから・・・・。」
とリュークは小さな声で言う。 同じ名前が出たね、とグラディウスは思った。彼は言う。
「聞いたよ、その彼の話。」


「・・・・そう、です、か・・・・・。」

ヒットという魔術師の話を聞いた、とグラディウスが言うと、 司教のリュークは急に驚いた様子で、途切れ途切れに、 そう、言った。何故そんな顔をするのだろう、とねずみ色の髪の 青年は、思った。
リュークはその瞳を伏せて、顔を下に向けてしまった。

思い出したくないこと、だったのだろうか。

バルナックの話によれば、
このエルフは、妻子のある身でありながら、同じパーティの 同性のエルフに想いを寄せられて、 そしてそれを、この優しい彼は、冷たく断ることができなかった のだろう。
いや、断るというより、そのエルフは、行動にすら出なかった のかもしれない。

想いを言葉にすることもなく、ただ、熱い眼差しで「彼」を 見つめていて。
パーティの仲間としたら、はっきりとした行動に出るより、迷惑だったのだろう。
誰も何も言えなくて。ただ、関係だけがぎこちなくなってしまう。

・・・・隠しているから、大丈夫だということではないのだ。

そう、グラディウスは気づいた。直接言われなくても、気づいた。
憂い顔のリュークに向かって、グラディウスは言う。

「リューク・・・さん、は、パーティのリーダーだし、鋭そうだから 先に言っておくけど・・・。僕はその、ヒットっていう人と 同じく・・・同性の「彼」に惚れてる。カルマが、好きなんだ。」

嫌な気分になったかな?ごめんね、とグラディウスはつぶやく。
いえ、とリュークは否定をして、グラディウスの顔を見つめて、言った。
「バルナックは、何と言いました・・・?
ヒットが、私を見つめていたと・・・?」
うん、そう、とグラディウスは答える。
エルフの司教は額に手を当てて、そうですか、と言った。

ひとつ息を吸い込んでから、リュークは相手に告げた。
「貴方にだけ、真実をお教えします。
数年前、私は博打をうったのです。・・・ヒットと、一緒に。
ヒットが、彼が好きだったのは、バルナックだったのですよ。」

***

リュークは、続けた。
「おかしい、とお思いでしょうね。それは、彼本人も言っていましたから・・・。
異種族の、それも同性に惚れて、どうするんだと自嘲気味に笑っていましたよ、ヒットは。
私たち冒険者は、確かに男性が圧倒的多数を占める職業ですが・・・、
ヒットは別に、同性しか愛せない、といった体質ではなかったのです。元々、 あまり人付き合いはよくないほう、でしたけどね。
彼はある日「友人の」私にそう告げて、そして、想い自体は相手に伝えないのだと、 言っていました。

「言えば、やつはきっと俺に同情するだろう。
        俺がやつから欲しいのは、同情ではない。」


でも、鋭いバルナックは、きっとこのままでは彼の想いに 気づいてしまう、と私は思いました。
だから、ヒットに「私が好きなふりをしろ」と言って、 2人で、博打をうちました。
愚かだと、思いますか・・・・?」

そう、エルフはグラディウスに尋ねる。
ねずみ色の髪の青年は、衝撃を受けていた。
交錯する、想い。

自らの愛がおかしいものだと気づき、言わない青年。
友の気持ちを何よりも尊重して、自分を犠牲にした青年。
仲間が心傷めているのを憂い、救いたいと思った青年。

その結果は、そう、
誰も、幸せになっていないのだ。

想いを通じさせることだけが、幸せの道だとは思わないが、
明らかに、彼らは間違えている。
皆が皆、大切で、何も失いたくなくて、
結果、最悪のケースに陥っていると言っていい。

グラディウスは、ぶんぶんと頭を振った。
彼の話を聞いていて、そら恐ろしくなった。

好きなひとがいて、守りたいと思って、
相手に触れたいと、声を聞きたいと思って、
何がいけないんだ。当たり前のことではないか。

想いを押しつぶして、それで、儚く散った、恋。
自分はそんな風にはならないぞ、とグラディウスは思った。
運良く、彼は、自分の手の届くところにいてくれるから。

エルフがふいに微笑んで、彼に言う。
「ヒットは、貴方ほど笑わなかった。貴方は、良い顔をしています。
きっと、私たちと結果は違うのでしょう。
妙な言い方ですが・・・・幸運をお祈りしています。」
握手をして、エルフは去っていった。


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