ルビー 5


グラディウスが宿の自分の部屋に戻ってくると、 カルマはひざをかかえて、うずくまっていた。
扉が開いた音で、黒髪の青年は顔をあげて、グラディウスの 方を見た。グラディウスは言う。
「先に、休んでいればよかったのに。」
するとカルマが返した言葉はこう。

「お前がいないと、眠れない。」

***

彼らが今の関係・・・同じ部屋で寝起きしている・・・に なるのは、数週間前の、このひとことがきっかけだった。
カルマが突然、友を目の前にして言ったのだ。
「一緒に寝てくれ。」と。

それを聞いたグラディウスは、一瞬目を白黒させてから、 ボッッ!と顔を赤く染めたが、すぐに誤解に気づき、手を ばたばたさせてから、平静を装って聞いた。
「な、何で??」

さて誤解というのは、したことより、相手に誤解したことを 悟られる方が、恥ずかしいものである。
何で?と尋ねられてもカルマは即答せず、その代わり、少し考えこんだ。
そして言った。
「あぁ、そういう意味じゃないんだ。」

グラディウスも(今の時点では)それは分かっているのだから、 わざわざ言う必要はないのに、カルマが言うものだから、 グラディウスの方は、ますます恥ずかしい。
そんな様子の相手を無視して、カルマは続けた。

「だいたい、そういう時は‘寝る‘って言わないだろ?」
「え?・・・い、言うと思うけどな・・・。」とグラディウス。
「そうか?」

カルマは腕を組んで、考え込んでいる。どうやら彼の「考え」と、違ったようだ。
彼が不思議そうな顔をしているので、グラディウスは尋ねた。
「じゃあ君は、そういう時、寝るじゃなくて、何て表現すると?」
するとカルマはごく普通の表情で答える。

「犯す」

やっぱりグラディウスは手をばたばたさせて、
「違う!違う!君は間違ってるよ!」と叫んだ。
そうか?とカルマは納得できない表情でいる。しかし、彼は言った。
「別に言語学の話はどうでもいいんだ。
話を戻すが、グラディウス。
・・・・わたしは最近眠りが浅くてな・・・。ほとんど、眠れないんだ。
寝ては起きての繰り返しで・・・参っている。これでは昼間、 探索時に集中力が落ちるのは、明白だ。
だからグラディウス。こどもみたいな頼みだと、笑わないでくれ。
一緒に、寝てくれないか。手をつないでくれとは言わない。」

やっと普通の会話になってホッとしたグラディウスは、彼の 話を聞いて、ピンときた。グラディウスは、逆に尋ねる。
「手、つないでほしいの?」
そう言われて黒髪のカルマは、ぎくっとした顔をしてから、 少し自分の右側の髪を触って、目線を下に落として、答えた。
「・・・・・まぁ・・・・・。」

その様子を見てねずみ色の髪の青年は、不覚にも、
(かわいい・・・・・。)
と思っていた。
緩んでいるだろう自分の頬をバンとひとつ叩いてから、グラディウスは言う。

「カルマ、別にそんな申し訳なさそうな顔しなくてもいいよ。
僕が君に出来ることだったら、何でもしてあげるから。
もちろん、手をつないで寝てもいいし。
君が、それで安心して眠れるなら、ね。」
その言葉を聞いてカルマは、ひどく嬉しそうに礼を言っている。
グラディウスは、心の中で少し思うのだ。

(さて僕、横に彼がいても我慢できるかなぁ?)

***

黒い髪の赤い目の男は、眠れなくて。
その理由を、グラディウスは偶然にも知っているから、
そう言う彼の様子を見て、瞳を曇らせるしかない。

少し前のことだ。

カルマもグラディウスも非常に酒に強く、それでいて 大して飲酒が好きではなかったので、2人はあまり 酒場に行くことはなかった。
しかしその日は、何故か酒場にいたのだ。
マスターが、変わった酒があると言って出してきたのが、 東方の地域の、強い酒。
一口飲んだだけで両方が、
「「これは強いな(ね)」」と言って、顔をしかめたほどである。

少ししてからグラディウスは、隣人が酔っているのに 気がついた。目がすわっているのだ。
カルマが酒に酔っているのを、今まで彼は見たことがなかった から、興味本位もあって、酔いはじめの彼に、じゃんじゃん アルコールをすすめた。もちろん、気分が悪いようだったら、 やめるつもりだったのだが。

そのうちカルマが、珍しく、食物でない話をし始めたので、 グラディウスはそれをニコニコして、聞いていた。
聞き終わってから、聞かなければよかった、と長身の青年は 感じた。
しかし同時に、それを知り得た幸運を天に感謝する。
カルマの話はこうだ。

***

あるところに、貧しい町Aがあって、その横に、巨大なBという 町がたっている。
町Aと町Bは、奇妙な共存関係を持っていた。
それは、「信仰」と「保護」
貧しい町Aは、その貧しさゆえ、何も差し出すものがない。
しかし町Bの有する絶対的な力、神の御心、すなわち 信仰心からくる「保護」というものに憧れていた。
信仰国家だったのだ、Bは。
町Aは、Bに「憧れている」だけではなく、完璧に依存していた。
自らも、その加護にあやかろうというのだ。

依存し続けるために捧げられたものは、
貧しい町に、唯一存在する、「ひと」
町Aは、髪や瞳の色の変わったこどもが生まれると、
神童としてまつりあげ、神官になるべく育てるのだと、町を出させた。
・・売ったに、近い。
それを町Bも、喜んで迎えた。きっと、その構図を考えた人物の、 思考回路が、どうにかなっていたのだろう。

ここに1人の黒い髪の子供がいて、彼もそういう、町Aの 出身の、神官見習いだ。
ただ彼は、町Aを出てきたという、記憶はない。
Bに来たのが、赤子の時だったから。
家族に見送られて、町を出たわけではなく、本当に、赤子の時 売られた。
親は、誰だか分からない。案外、自分のこの奇妙な目の色を 恐れて、捨てたのかもしれない、と少年自身は考えている。
少年は、Bという町が「おかしい」とはうすうす感づいていたが、 彼にとって、Aが「故郷」であるわけでもないので、帰りたいとも 思わなかった。
だから聖殿で、神官として教育を受けつつ暮らすことに、 何の疑問も持たなかった。そういうものだと思っていた。

時は過ぎ、少年が「青年」になろうとしている頃、 この神殿を出る方法があるのだと、人づてに聞いた。
何でもここよりもっと大きい、宗教都市の寺院や聖殿を、 勉強のために周ったりするのだそうで、
黒い髪の神官は、その旅に大きな興味を持った。

その、外を周る限られた人間になるにはどうしたら良いのかと 考えていたら、「上の人間に気にいられる」ようにすれば、 大丈夫なのだと、ひとが教えてくれた。
「多分、君は気にいってもらえると思うよ」と仲間の言葉。
黒い髪の美しい少年は、その言葉の奥にある意味が 分からなかった。

だから、ひっかかってしまったのかもしれない。

ある時、老人の神官長が彼を呼びとめて。
何やらいろいろ尋ねてくるから、少年は素直に答えていた。
彼は、「気にいられたかった」から。
その様子を見て、「かわいいね」とだけ、相手は言った。
もう齢16にもなろうとしている所だったから、かわいいという 表現を、自分に対して使うのはおかしいのではないか、と 少年は思った。
すぐにそんな事も、考えていられなくなるのだが。

首筋に、手をあてられた。
肩を、つかまれた。
そのまま後ろに押し倒される。
きちんと留めている、首もとを力任せに開けられた。
つけていた銀色の十字架のネックレスが飛んで、
少年は、信仰などこの世に必要ないのだな、と悟る。

上方にある、人間の体を押し返すことが出来ない。
重い。自分の肌に触れてくる2本の手を振り払うのが限界だ。
やめろと声をあげるが、広い空間にむなしく声が響くだけ。

ばたばたと抵抗しているうちに、稀少な、良心のある人間が 騒ぎを聞きつけ、「大人」はその場を立ち去った。
残るのは、息を乱し、座り込んでいる赤い目の少年と、
ちぎれた、十字架。

彼は顔に手をあてて、はは、と乾いた笑いをする。
信じるものは、何だっただろうか。
神を祭りし神官が、男ばかりで構成されるのは、色恋ごとに 溺れ、自身を見失わないようにする為、ではなかったのか。
今までもこうやって、何人もの子供が犠牲となったか。
・・・・・・・・・おかしな、世界だ。

ははは、と彼は再び笑う。
ここを出なければ、と思った。
何でもいい、とにかく信仰以外の目的を見つけて、
自分の存在理由を探さなくては、と思った。
神官になるべく、育てられた自分。
今その信仰も、溝に流して捨ててしまいたいと思うほど 汚らわしく思う。

だから神官は十字架を捨てて、代わりに剣を取った。
絶対的な力があれば、恐怖から救われると思ったから。



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