ルビー 6


目を覚ますと、また、いつもの朝。
カルマは寝返りもうたないのか、そのままの格好で、
だがその横顔は安心しきった顔で、すーすーと寝ていた。

例え、彼の特別になれなくても、
こうやって彼に安らぐ場所を提供できることが、
グラディウスは、嬉しい。

ふいに考える。
もし自分が想いを告げて、
相手に、過去彼が受けたような「汚らしい」行為を求めたら、
カルマは、休む場所すら失ってしまうのか、と。
それは、ひどい裏切りだ。

(僕は今の生活をぶち壊しにできるほどの、おそろしい想いを持っているんだ。)

目を細めて、眠るひとを眺めて、「ごめん」と一言つぶやいた。
(僕には、欲があるから。君のように、清くいられない。)
支度をしようかと、グラディウスはベッドを出た。

***

合流した6人は、昨日とは違い、きっちり前衛と後衛を分けた。
前衛がダス、カルマ、グラディウス、後衛がグリーン、バルナック、リューク。
「後ろの盗賊なんて、やることねぇじゃん。退屈〜。」
とバルナックは、リュークに文句を言っている。
確かに、戦闘で手に入れた宝箱の罠を開けるのが 最大の仕事である「盗賊」は、魔法も使えないので、 前衛にいなければ、やることがない。
だが、攻撃力もないので、前衛にも向いていないのだ。
前に前衛にいたのが、特別なのである。
しょうがないだろう、とエルフは彼をたしなめた。
しっかりやれよ〜、とバルナックは、ダス以外の前衛、 つまりカルマとグラディウスに声をかけた。
2人も、言われなくてもそうするつもりであったが。

探索はごく普通に進み、パーティのチームワークも 良くなってきたが、
リーダーのリュークは、気になる点がひとつあった。

<彼は、友人の彼を気にしすぎだ。>

2人で戦っていたときは、それは、相手と自分しか いないのだから、常に相手の動きを観察し、戦闘を しなくてはならなかったが、 グラディウスは6人パーティにおいて、気をちらしすぎ なのである。
リュークも事情を知っていたから、見るなとは言えなかったが、 黒髪の彼は、心配するほど弱くはない。
むしろ、剣の腕はグラディウスより上なのだから。

友・・・いや、それ以上の感情があるのかもしれないが・・・が、
気になるのは分かるが、もう少し集中してもらわないと、 パーティの前衛は任せられないな、とリュークは思った。

そんな時、後ろから奇襲。
振りかえると、大勢のドラゴンの群れ。
まずい、火炎ブレスがくる、とリュークは察し、急いで 僧侶のグリーンに、回復魔法を唱えるよう、言う。
自らも唱える。
ブレスは魔法ではないので、防ぎようがない。
マジックアイテムでも有れば緩和は出来るが、それも気休め 程度だ。
大勢のドラゴンの方が、魔術師の群れより危険なので ある。

回復魔法で、どうにか第一弾のブレスはしのげたが、
第二、第三のブレスが来る。
退くしかない、とパーティは思った。
これだけのドラゴンを討ち果たす技量は、今の私たちにはない、とリュークは思う。
自分たちのパーティの弱点をリュークは知っていて、
それは、「攻撃魔法が弱いため、数の多い敵と戦えないこと」
退くぞっ!とリュークは叫んだ。

***

退くぞっ!という、リュークの声が聞こえた。
だから、戦士ダスは振りかえった。
でも、それ以後の指示は聞こえてこなかった。

ドワーフのダスが、リュークを尊敬している点は、
頭がよい以外に、用意周到であるところ。
ダスの兜は、転移魔法が使えるマジックアイテムで、 防御力は高くないが、彼にそれを身につけろと言われて いたので、ダスはそれを被っている。

「私」が倒れて指示が与えられない時、
すなわち緊急事態には、探索を続けようとは思わず、
すぐにギルドに帰れ。

それが、リュークから言付かった教え。
ダスは今「それ」をしようとしている。

リュークは、倒れていたから。
リュークだけではなくて、ダス以外の全員、すなわち5人が、 ブレスにやられて、動けなくなっていた。
リーダーの司教が、彼ダスにそう言ったのは、彼が一番 体力が多く、緊急時に生き残る確率が高いと思ったからだろう。
その通りだな、とダスは自嘲気味に笑った。

彼は今の位置を知る呪文を唱えられないので、
マップを持っている、リュークの側まで寄る。
きっちりマッピングしてある地図を眺めてから、ダスは、兜に かかっている魔法を解き放った。

1人と5人の遺体をつれて、パーティはギルドに戻る。

***

ここでいう「死」とは、いわゆる「死」というものとは、少し違う。
生命活動がなくなっても、それはまだ復活できるチャンスのある 状態なのだ。
本当に、どうしようもなくなった状態は「消滅(ロスト)」という。

今、5人は「死んだ」わけだが、ギルドの人間はさして 顔色も変えず、5人を「寺院」に連れ込む。
このギルドには「寺院」がついている。
その寺院もまた、一風変わっていると言ってよい。

そこは僧侶が住まう場所とか、寺とかいうより、
単に回復魔法を売っている場所、と考えた方がいい。
人を治すのを、まったくのビジネスだと考えているのだ。
カルマもこの寺院を訪れたことがあったが、そういう雰囲気から、 昔のことを思い出さずにすんだらしい。

寺院は、皆に一定の料金をとる。
種族が何だろうが、職業が何だろうが差別はしない。
ただ、レベルに応じて金を取る。ある意味、公平で気持ちのいい ところだ。
ダスは自分のポケットマネーで、リーダーのリュークの 蘇生を頼む。
寺院の坊主が呪文の詠唱をはじめ、そのあと浅黒のエルフが ゆっくりと起きあがるのを見た。
ドワーフは自分のヒゲを少し触りながら、言った。

「全滅したぜ。」
「全滅したのか?!」とリューク。
「あぁ、違った。俺は死ななかったから、正確には全滅じゃねぇか。」
とダスは言った。
本当に全滅している場合、遺体はそこに放置されるので、
気のよいパーティがギルドに連れてかえってくれるまで、そのままなのである。
リュークは首を振ってから、言った。
「お前が残ってくれて良かった。
全滅したのでは、どうにもならなかったからな・・・。」

さて・・・と戦士は言って、他のメンバーの遺体を眺める。
「他の奴、どうする?」と彼は言う。
リュークは腕を組んで、
「バルとグリーンは蘇生を頼むとして・・・、あっちの2人か・・・。」
と、つぶやいた。

***

グラディウスが目覚めたとき、彼は不思議な気分になった。
エルフとドワーフとホビットとノームが自分を見下ろしていて、 まわりは灰色のタイル貼りの建物だから、自分が死んでいた のだと分かる。
大きなる違和感は、「彼」がいないこと。

「・・・・・・死んで、いたのか、俺は・・・?」

グラディウスはふいに、昔の口調に戻っていた。
エルフの司教は、はいと小さく言ってから、グラディウスに告げた。

「‘彼‘の扱いについては、貴方に任せようかと思って・・・。」


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