ルビー 7


「任せる・・・とは?」
グラディウスは目を見開いて、リーダーのエルフを見つめた。
何やら言いにくそうにしているエルフの代わりに、巻き毛のホビットが、言う。
「早い話がな、金が足らないんだよ。」

アンタ生き返すのにも結構かかったんだぜ?と彼は続ける。
それを聞いてグラディウスは慌てて、たて替えられたであろう「蘇生料」を払ったが、その時気づいた。
ずば抜けたレベルの持ち主のカルマは、「寺院」に蘇生を頼んだ際、グラディウスの それとは比べ物にならないほどの費用がかかる。

それを、カルマ自身は気づいていた。だからパーティ仲間のグラディウスに向かって、
「・・・死なないようにするよ。」と以前、告げていたのだ。

先ほど、グラディウスもカルマも倒れた。前者は復帰したが、
・・・カルマは、未だ「眠って」いて。
それを、金銭的な理由から救えないという。

「彼ら」が悪いわけではない。身銭を切って(あとで返してもらう気であったとしても)自分を、生き返してくれたのだ。
自分たちはどう考えても、臨時の、雇われの身で。
その自分に、それだけしてくれただけでも、感謝せねばならない。
死亡時にそんな危機が来ることは、前から知っていたのだから。

気まずい雰囲気が流れるなか、グラディウスは4人に向かって、言った。
「分かっていたことだから・・・。どうにか、します。」

すいません、とだけグラディウスは告げて、彼らと別れる。
どうせ今日は、もう解散なのだろう。
考える時間はある。
相手は「寝ている」のだから。

***

「それ」が無ければ多分、グラディウスの行動は決まっていたはずだ。
「生き返さない」はずは、ないのだから。
選択肢は2つ。寺院に頼むか、蘇生魔法が唱えられる冒険者に頼むか。
・・・・・簡単な、ことなのに。

「それ」が、大切な彼との、交わした約束だったから。
‘互いがもし、倒れた時には、必ず寺院を利用する‘と。
グラディウスは元々魔法が使えないから、そうするに決まっていたのだが、カルマは違ったから。
そしてそんな彼の為に、平等をきすために、した約束かもしれない。

蘇生に呪文を使って、もしそれに失敗したら、
術者のショックは、はかりきれない。
唱えたのが本人でなかったとしても、その冒険者を知らずに恨んでしまうことになるかもしれない。
だから寺院を利用する、と。
蘇生を商売と割り切って、もし失敗したとしても、全く悪びれた様子も見せず、成功した ときと同じ料金をとる、そのあくどい寺院を利用して、

‘失敗したらしたで、そのときだ。‘

カルマは悟りきった様子で、そう言っていた。
他の冒険者に頼めば、金銭的には安いのだが、回復魔法の使える彼が、自分を生き返そうとして、 ・・・・結果、その心を痛めることになったら、それはそれで辛いから。
だから、必ず寺院を使うと約束した。
レベル12のグラディウスはともかく、100以上のカルマは、実際そのような状況に陥った時、 額は相当なものになると分かっていたから、
「死なないようにするよ。」と、彼の言葉。

それだけの理由ではないけれど、
ねずみ色の青年は、カルマが倒れないよう、常時気をつけて、敵と、戦った。
相手の身はもちろん、自分の身にも気をつけた。
自分が先に倒れたら、友の負担になるのは目に見えていたから。
自分のせいで、彼の身にまで危険が及んでしまっては大変だから。

そんな事態になったら、自分の遺体をおいて、
カルマにはギルドに帰ってほしいと、グラディウスは思う。
相手の性格からして、おそらく、自分の遺体を引きずってでも、カルマは、 連れてかえろうとするのだろうけど。

片手で顔を覆って、グラディウスは考える。
彼、カルマの言う通りだと思った。
「金が、全てを決めるわけではないと思うが、
金がなくて不幸になるのは、まっぴらだ。」

***

考えたあげくにグラディウスは、高レベルの僧侶の「力」を借りて、魔法で友を 生き返すことにした。
どこをどう捻出しても、カルマを寺院に任せるだけの、金額が、出てこなかったから。

「約束」を破ることになると、グラディウスは重々承知していた。
しかし、仕方が無いのだ。
‘起きて‘いなくては、それについてケンカも出来やしない。

街中で呪文を使うことは禁じられているので、
金で雇われた僧侶と長身の彼は、カルマの遺体とともに、町外れに出る。
ここで目を覚ましたら、魔法によって蘇生されたと誰でも分かる。
蘇生呪文には失敗の可能性もあるのだが、そんなことはグラディウスは、この際考慮していなかった。

僧侶が呪文を唱えて、数秒後・・・・・・・・・
黒い髪の青年は、目を開けた。
自分の役目は終わったと、先に報酬をもらっていた僧侶は足早に去り、ここに2人。
ぼやっとした頭を目覚めさせるように、カルマは頭を振った。
それから、目の前のしゃがんでいる友人に向かって、言った。

「冒険者に、頼んだのだな。」

何を、と聞かなくても、蘇生呪文を、に決まっている。
うん、とグラディウスは素直にうなずいた。

どすっ

グッ、とねずみ色の髪の青年は、体を「く」の字に折る。
赤い目の青年が、相手のみぞおちに、手刀をくらわせたから。
攻撃的な性格ではないカルマが、こういった暴力に出るのは珍しいことだった。初めてと言ってよかった。

怒っているんだな、とグラディウスは思う。

体を元に戻して、黒髪の青年の姿を追うと、カルマはスタスタと知らぬ方向に歩いていってしまう。
宿は、そっちの方向ではないよと告げたかった。
だが、言わなかった。分かっていたから。
(彼はもう、僕の部屋には戻ってこない。)
どこに行くんだろう、とぼんやりした頭で思う。
どこでもいいんだろう、自分の顔が見えないところであれば。

黒い髪の、綺麗なひとは一度死んで、
生きかえった後、以前より遠いところに行ってしまった。

***

その晩、予想通り「彼」は帰ってこなかった。
元々、彼も自分専用の部屋をとっていて、途中から合流するようになったのだから、 元の自分の部屋に戻ったという可能性もある。
だが、多分その部屋にはいないだろう、とグラディウスは思った。
きっと、もっと遠いところにいるんだ、と彼は思う。

このギルドがある街自体の、外までは出ていないと思うが、きっと自分が 「見つけられない」ところにいる、と感じる。
分かるのだ、何となく、テレパシーというか、そういった類のものではないけれど。
(彼は、ちゃんと眠れているかな。)
ひとりで、また悪夢にさいなまれていたりはしないかと、
それだけが、グラディウスは気がかりだった。


次の日、グラディウスはリュークたちのパーティの待つ集合場所に1人で行ったが、 予想通り、カルマは来ていなかった。

まだ彼が、蘇生を待っている状態であると思っている4人は、別段何も言わずに、 1人欠けた5人で、探索に出る。
・・・・・・リュークだけが、険しい顔をしていた。

探索は普段通り進む。普段通り。
カルマの技量が悪かったわけではないが、4人にグラディウスを加えただけでも、 探索は無理なく進んだ。
だが、何回目かの休憩時に、エルフの司教は言ったのだ。
「足手まといだ、帰れ。」と。

厳しい声だった。今まで2人にむかっては、柔らかい口調で話していたのだから、 グラディウスは驚いた。
声を荒げるリーダーに向かって、思わず他のメンバーが声をかける。
「おいリューク、いきなり何だよ。」とダス。
「お前らしくないじゃん。」とバルナック。
「いつも冷静なのが、お前さんの長所だったがの〜?」とグリーン。
しかし浅黒のエルフのリュークは、そのままの口調で続けた。

「そんな、上の空で剣を振るう戦士なぞ、私たちには必要ない。
4人で探索に出た方が、まだましだ!」
帰れ!と彼は、再び叫ぶ。
解雇されたんだな、とグラディウスは理解した。
じゃあ、と彼は素直に後ろを向いて、4人から離れていく。
元々、社交的な性格ではない。ひとに嫌われようがどうしようが、構わなかった。

・・・・・・・・・・・・・・・・彼以外には。



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