ルビー 8


赤い目の青年、カルマは今、気持ちが悪いと思っている。
何だか、みぞおちのあたりが痛い。
とげが刺さったようで。
しかしカルマは、みぞおちにトゲは刺さらないだろうと分かっているし、
食べ過ぎが原因で「胸がむかむかしている」わけではないのだと気づいている。

そう、胸が苦しい。

精神的な理由で、肉体的な「痛み」まで発生するとは、
そんな立派な精神をしていたか?と彼は、自嘲気味に笑う。

胸が苦しい。
    ・・・・・・・理由は、分かっている。

コトンと彼は、横の「物体」に頭をもたれる。
はぁと珍しく、ため息をついた。

グラディウスに暴力をふるった。
たいしたダメージは受けていないだろう、と思う。
こづいた程度であるし。本気で殴ったわけではない。
・・・・・ダメージを受けているのは、自分だ。
友にわざわざ、「生き返してもらって」、
それなのに、礼も言わず、ただ、無言で去って。
「最低だな。」とカルマはつぶやく。

必ず寺院を利用する、という約束はしていた。
だが、無駄にレベルばかりが大きい自分が倒れたら、 金銭的な理由から、約束を破って他の冒険者に頼むのは当然だ。
悔やんでいるのは、それを分かっているのに、彼を許せなかったこと。
どうして素直に礼が言えなかったのだろう。
約束は、大したことではなかったのに。
ぐるぐると、そればかりが頭をまわる。

町外れで呪文をかけられて目を覚ました後、目の前に「彼」がいた。当然のことなのだが。
カルマは、グラディウスの顔を見ることが出来なかった。
そのねずみ色の目を見て、カルマは思ったのだ。
‘あぁ、お前までもが、わたしをそんな目で見るのか。‘

興味と好意と、触れたいという意志と。
そんな感情の交じり合った、優しい瞳。

***

グラディウスが去って、そこには気の知れた4人しかいなくなった後、
バルナックは、つぶやいた。
「リュークよぅ・・・。」

特に意味のある言葉では、なかった。
が、それをきっかけにエルフのリュークは、両手で顔を覆って、嗚咽を始めたのだ。
思わず、小人の3人は、まわりに集まる。
身をかがめて、リュークは、言った。

「嫌だ、嫌なのだ、もう!
私の周りで、あんな顔をされるのは・・・っ!!
これ以上、ひとが悲しむのを見たくない・・・!」

     そのひとは、泣いてはいなかったのだろう。
     ただ、優しい目で相手を見つめていて。
     それが、とても悲しい目だと、思った。
     伝わらなくても、かまわない、と。
     ただ、彼のひとが幸せであるように、と。
     そう願う男の顔は、とても優しく、・・・そして悲しい。

***

解雇されて、1人きりになった自分に、やるべきことは、ひとつ。
それは、分かっていた。グラディウスは理解していた。
だが、検討がつかない。
(どこに、いるんだろう・・・・。)
黒い髪の、想い人は。
自分とはまるで正反対の、それでいて、気のあう友は。
そういう時には、初心にかえってみると良い。

昔から、剣だけが支えの自分。
「信仰」が基の、型破りなタイプの剣士のカルマ。
彼は・・・・・・・・・・・・・・・・・。

グラディウスは、はっきりと方向を定めて、歩き出した。
自分は、行きたいとは思ったことは全くなかったが、カルマは、そこが落ちつくと思うかもしれない。

街の外れに教会があって、その脇の東屋に、腕の折れた女神像が立っていて、
横には、それに頭をもたれかけて瞳を伏せている青年が、いた。


グラディウスは、自分を詩人だと思ったことはない。
他人にもそう言われたことはないが、その時、思ったのだ。
彼が、天に帰ってしまうのではないか、と。

慌ててねずみ色の髪の青年は、相手に駆けよって、その存在を確かめるように、相手の体を揺さぶった。
すぐにカルマは目を開けて、目の前の人物を確認して、言う。
「どうした、慌てて。」
その口調は何らいつもと変わりない、彼の口調だ。
はぁ、と気が抜けたように、グラディウスはその場に座りこんだ。
不思議そうな顔をしているカルマに、彼は素直に理由を話した。

「君が、天に帰ってしまうかと思った・・・。」

すると黒髪の青年は、「お前は詩人だな」とつぶやいてから、答えた。
「そんなに何度も死んではいられないだろ。」
費用がかかるしな、とカルマは続ける。
グラディウスが言うことは、また違った意味があるのだが、その点には触れなかった。
費用、という言葉が出てきたので、グラディウスは相手に向かって、 ぺコと頭を下げてから、座りこんだまま、言った。

「ごめん、約束を破って寺院を使わずに、蘇生を行ったことについては、反省してる。ごめん、本当に。」
その言葉を聞いて、カルマは言う。
「お前がしたことに対して、腹を立てているわけではないんだ・・・。
すまない、子供がかんしゃくを起こしているようだな。」
そしてフフと笑い、自らも腰を下ろした。

しばらく、2人の間に沈黙が流れる。
ふと、カルマはつぶやいた。
「・・・・・考えていたんだ。 パーティの事や、昔の事、それから、お前の事も。

わたしはな、・・・お前の側にいては、いけないのだと思う。」

***

「なっ・・・・・!!?」
思わず声を発して、グラディウスは相手をまじまじと見つめた。
まだ、まだ、想いも告げていないのに、
彼は勝手に答えを見つけて、自分の元から離れていってしまう。

どうして、と聞く前に、カルマは言った。片手を顔に当てて、カラ笑いをしてから。
「お前といると、な、・・・楽をしてしまうんだ。
寄りかかってしまう。
独りで立たなくてはならないのに。
甘えてしまって、・・・わたしは、どんどん弱くなる。
駄目なんだ、お前といると。」
瞳を伏せる黒髪の青年の肩を思わず掴んで、グラディウスは叫んだ。

「カルマっ!
ひとは皆、他人に依存して生きてるんだよ。
そんな、独りで生きようとしないで!
頼って、僕を頼ってよ!
どれだけでも寄りかかって。どれだけでも甘えてよ。
それは、弱くなるってことじゃない。」

(僕が彼から離れたくないだけの、ただの詭弁だ。)

そう、グラディウスは感じていた。だが、言った事も、決して偽りではなかった。
独りで生きようとするカルマに、救いの手を差し伸べたかった。
偉そうな言い草だが、彼を救いたいと思っていることに、間違いはなかったから。

グラディウスは、カルマに頼られる存在でありたかった。
剣の腕は相手の方がずば抜けて優れていたから、
追いつこうと思っていたし、日々努力もした。
言動が突拍子もないカルマの、保護者のような役割も兼ねた。
・・・・・・・・全ては、彼が愛しいから。

それは、「間」として、適切だったのだろうか。
よく分からないが、グラディウスはとにかく告げた。
これ以上待っていては、相手は勝手に話を完結させてしまいそうだったからだ。
相手の赤い目を見つめて、できるだけ真面目な顔をして、
ねずみ色の髪の大柄な青年は、言う。


「カルマ。僕は、君が好きだ。」


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