ルビー 9


「・・・・・・・・・・・・・・・・・。」

予想通りの、沈黙。カルマは、何も言わなかった。
ただ黙って、相手の方を見ていた。
しばらくしてから、黒髪の麗人はつぶやく。

「それが、お前の‘想い‘か・・・?」

その声は驚きではなく、むしろ、そう言われるのを知っていた かのような雰囲気を持っている。
そうだよ、とグラディウスは、もちろん引くことも出来ないから、言った。
カルマはまた顔に手をあてて、ハハと笑ってから、言う。

「お前は、知ってるんだろ?理解してるんだろ?
わたしが、そういう想いを嫌がることを。
それなのに、お前は言うんだな。

・・・・わたし自身のことは、考えてくれないのか。」

ぐいと相手に顔を寄せて、カルマは続けた。
「両手を押さえつけて、身を封じて、
衣服を剥いで、肌に噛み付くように傷をつけて、相手にのしかかる。
そんなことを、お前もしたいのか。
・・・・わたしは、欲望を満たすための人形か・・・・?」
言い終わるとともに、グラディウスの襟元をつかんで、カルマは叫ぶ。
「答えろよ、グラディウス!!」
ねずみ色の髪の青年は、思わず横を向いてしまった。

知っていたのに、分かっていたのに。
自分がそう言えば、相手が良い顔をするはずないことを。
なのに告げてしまった、深い、想い。
もちろんグラディウスは、カルマのことを、昔彼を襲ったような、邪な人間のように見ているわけでは なかったが、
グラディウスは、承知していたから。
自分が、聖者ではないことを。

聖者ではないから、心だけでは我慢できなくて、
目の前のもの、直接的なものも欲しくて、
だから結局、相手に昔と同じだと、誤解をさせてしまう。

違うんだと言いたいけれど、
自らが考えても、それはやはり同じだと分かるから、だから、反論もできない。
だからといって、想いをごまかすことは出来ない。
袋小路だ。

答えろよ、と言って、自分の体を揺さぶっている、カルマ。
‘その手をぐいと引いて、引き寄せたら。
元々力の差はあるから、相手は自分の方になだれ込んでくるだろう。
腕の中におさめて、出られなくしてしまおうか。
叫んでも、無駄だよ。
うるさい声を発している口を、己のそれで塞いでしまえ。
相手が言うように、両手を頭の上に縫いつけて、動きを封じてしまえば・・・‘

そこまで、頭の中を横切らせてから、グラディウスは思った。
(・・・そんなことをして、何になるっていうんだ。)

自分が欲しいのは肉体ではなくて、・・・それは想いの付属品で・・・
愛しい相手にそんな表情をさせていること自体が、グラディウスは、辛い。
そんなことをした人間が、「自分」でなければ、グラディウスは 彼のために、その人間を成敗しようかとも思う。
だが、それは自分なのだ。
ごめん、と、ポツリとつぶやく。謝って何になるとも思うが、とりあえず言った。

(どうしたら、彼は楽になれるんだろう。
いつものように、笑ってくれるんだろう。
・・・・・・・僕がいなければ、良かったのかな。)

だがグラディウスは、その考えに首を振ることも出来なかった。
自分は彼と生きたいし、彼と共にりたかったから。

「カルマ。」

相手の名を呼ぶ。
服を掴んでいる腕を、引き寄せた。

***

ここにいる2人は学者ではなかったから、詳しい用語は知らないかったが、
それは、いわゆる「物理」という学問の問題であっただろう。
ともかく・・・

カルマの手を引いたグラディウス。
そのカルマは、もちろん相手の方向に倒れかかるのだが、

勢い余って、グラディウスは仰向けに倒れた。
そして、彼の「上」に居る、カルマ。
「・・・・・・・・・・・・・・・。」
妙な、沈黙。
はたから見たら、「カルマが、グラディウスを」押し倒しているように見える。
もちろん、当人たちはそんなつもりは全くないのだが。
しばらくしてから、カルマは友人の体から退いて、未だ倒れている相手の顔を覗きこんで、言った。
「・・・楽しいか。」
いや、全然。とグラディウスは倒れたまま答えた。
くる、と後ろを向いて、黒髪の男はつぶやく。

「怒ると、腹が減る。
腹が減った。これ以上お前と話してはいられない。」
帰るぞ、と彼は続けた。
ゆっくりと体を起こして、そのねずみ色の髪をぐしゃぐしゃとかいて、グラディウスは尋ねる。

「君、怒ってたんだ?」

その言葉は、随分冗談めいたもので。
聞かれた赤い目の青年の方も、同じような調子で、答えた。
「分からなかったのか?」

後ろに結わえた黒髪を揺らして、割と小柄な青年は歩いていく。
長身の青年は立ち上がって、彼のあとを追いかけた。
どこにいくのかと聞かなくても、大体分かっていた。

(帰るんだね。)

帰るのだ。決して豪華ではない、広くもないが、
双方が「帰るべきところ」と思っている場所に。

***

グラディウスは、彼と「話」をしなくては、と思っていた。
カルマは、誤解をしているようなので。
その誤解だけでも、解かなくてはならない。
大切な「本質」が、伝わらなくても。

しかし部屋の主の青年は、頭をかかえることになるのだ。
場所を変えて、冷静になって、話をしなければ、と思っていたのに。

カルマが、「ベッド」に腰掛けるから。

ああああ、と意味不明なうめき声をあげながら、片手を顔に当てて、グラディウスは思った。
(もう、どうにでもなれ。)

カルマは、窓から外を眺めている。
どうやら「腹が減った」というのは、彼独自の方便らしく、今ここに食べるものが なくても、この青年は暴れたりはしないようだ。

寝台に腰掛けているカルマの真正面に移動して、膝をついて、
相手と目線を合わせて、グラディウスは言った。
「あのねぇ、カルマ。
その・・・・さっきと同じ話を、むし返してすまないんだけど・・・。」
何だ?と赤い目で見つめかえして、カルマは言う。
グラディウスはその格好のまま、
まるで、相手がここの共通語が分からない人間のように、言葉を区切り区切り、 分かりやすいように、ゆっくりと話しはじめた。

***

「ふーん・・・・・。」

カルマは、納得はしているようだ。
‘前よりは、状況はいいねぇ‘とグラディウスは思った。
なぁ、少し聞いていいか、とカルマが言ったので、グラディウスは何?と答えた。

「お前は、わたしと違って、女性を愛することも出来るんだろ?
それなのに・・・何で、そんなことを言うんだ?」

カルマは、純粋に分からないようだ。
「その理由」は、彼が、彼であるがゆえに、なのだが、そんなことを告げても、 カルマでなくても大抵の人間は、納得はできないだろう。
またポリポリと頭をかいてから、グラディウスは答えた。

「うーん、どうしてだろうね。
実はもう、理由も分からなくなってるんだ。」

不思議だね、でも、恋ってそういう不思議なものなんだよ、と、ねずみ色の髪の青年は続けたが、 それを、他人事のように「ほぅ」とつぶやいて、カルマは聞いている。
グラディウスは、逆に尋ねた。
「カルマ。僕も聞いてみたいんだけど。
・・・君は、僕が嫌いなの?」


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