SCC 16

何の為に戦うのだろう。
それを知りながら、戦う者は少ない。

意味がどうあれ、自分達は今、戦わなくては、「勝たなければ」ならないのだ。
大切な、少年の未来の為に。

***

カチャリとアレックスは剣を前に出し、臨戦体制をとる。
彼の剣は、2メートル近くある大剣だ。普段は、そのように構えるものではない。
長すぎるから、一般の片手剣のように構えたら、相手の懐に飛び込めない。
だが、この白い髪の破戒僧は、そのように構えた。
それは彼が、すでに冷静でないことの証で。

感情がぶち切れていて、いつも場を冷めた目で見られた彼が、怒りのあまりに「戦いの基本」を忘れている。

それは、驚くべき真実だ。
感慨に浸っている余裕は、なかったが。
代わりにリサは、自分も己のレイピアを突き出して、相手の一撃を食い止める覚悟でいる。
相手の装備は「銃」だったが、シ=サ・・・いや、王子カイル・・・は、腰に剣も差している。
接近戦になれば、剣を抜くこともあるだろうから。

シ=サは、ヘッドリングに隠れて、瞳が見えない。
せめて瞳が見えたなら。相手の感情や、心境が少しは見え、戦いに有利となるのに。
あれでは、彼自身も死角が多く、戦うのに適していないだろう。
いや、瞳が隠れているのは変装の為でもあり、「シ=サを演じる」には、必要なアイテムなのかもしれない。
そうリサが考えていると、また自分を呼ぶ声がした。

「リサ。」

今度の声は、アレックスではなかった。
後ろの、ハーディが発した声だった。
「パーティのリーダー兼参謀」は、相手に聞こえないよう、小さな声でリサに言う。

「あの、ヘッドリングをはずそう。」

彼の考えは、自分と同じものか。
それとも他に考えがあってのことか。
そこまで分析している暇は、リサには無かった。
ハーディの話を聞いてリサは小さくうなずくと、少し身をかがめて、叫んだ。

「行くわ、補佐をお願い!」
「了解!」
少年の元気な声が聞こえて、リサは、彼の旅に付いてきて、良かったなと思う。

***

聖騎士の「剣」は、いわゆる戦士の剣さばきとは、わけが違う。
聖騎士の剣技は、「甘い」。 相手を極力殺さずに、傷つけずに、屈服させるように出来ている。

切れない、剣の根元近くで、相手の手元を打つ。
剣先で、薄く額の皮膚を切る。あえて血を流させることで動揺を誘い、同時に視覚が衰えるのを狙ってのことだ。
そんな、甘い「剣」を習い、実行してきたリサだが、それを彼女は「おかしい」とも思っている。
殺したくないなら、傷つけたくないなら、戦わなければいいのだ。
現に「私」は、騎士の剣技で、相手を「殺そうとしている」。

目の前のこの男は、すでにおかしくなってしまっているのだろう。
犯した罪の償いに死を、と言っているわけではない。
ただ、この男は、壊さないと、止められない気がしたから。
だから私は、この男を斬る。
そのあと自分が、どうなろうと構わない。
・・・私も、すっかり”おかしく”なってしまっているようね。


リサは、相手の男との位置を一気に詰め、その剣でシ=サの腹を横に斬る。
シ=サは思わず、体を折り曲げて、屈する。
それから、リサの後方から飛び出してきたハーディが、その短剣で引っ掛けるように、 シ=サのヘッドリングを飛ばす。
金色の、数箇所石で細工してあるヘッドリングが、カランと音を立てて横に飛んだ。

体勢を立て直して、リサは、アレックスに向かって・・・・・・・・・・、構えた。

虚ろな目の青年は、その剣を「敵」に振りかざそうとしている。
アレックスの攻撃力は、生半可ではない。
彼の剣を受けたら、相手は即死だ。
彼からは、「話を聞かなくてはならない」から、一旦アレックスを止めなくては。
リサは、唯一、アレックスより剣士として秀でている点、スピードを使って、白い髪の青年の、腕を掴んだ。

「アレックス。分かる?私。アレックス、止まって。」
「・・・・・・・・。」
「アレックス、聞こえないの?」
自分の腕を両手で掴んでいる女性の方を向いて、無表情のまま、アレックスはつぶやいた。

「・・・マチルダ?」


ハーディは、ヘッドリングが外れてから、急に弱々しくみえてきたカイルを眺めみる。
彼は腹に手を当てている。出血は、さほどひどくない。
リサが考えて、かするように、相手を斬ったのだろう。
苦痛に身をかがめて、持っていた銃も床に落としている。
虚勢をはったわりには、大したことなかったなー、とハーディは思い、銃を回収した。
痛そうな様子の王子カイルに、ハーディは彼を見下ろして、つぶやいた。

「痛いだろ。痛いよなー。体斬られてるんだもんなー。
でもなー、アンタの母親の方が、もっとずっと痛かったと思うぞー?」

相手の「痛み」が分からず、ただ勝手に、邪魔な女王を、銃で撃った。
彼には、十分な愛情が注がれなかったのだろう。だからそんな偏った人間になってしまった。
だが、それはもう過去のことで。今更、どうにもならない。
さとすように言ったハーディに、カイルは顔を上げて睨みつけながら、言った。

「うるさいっ!貴様に、何が分かる・・・!!」

この僕が、どれほど苦労したかを。と、彼は言いたいのだろう。
そう、ハーディは理解した。それをふまえた上で、ハーディは更に言った。

「俺、別にアンタの苦労、分かるって言ってないだろー。
分かんないけどさー。母親が憎くても、普通、銃で撃たないよなー?」

別に殺人がうんぬん言うつもりは無いんだよなー。俺もひと殺してるしー。と、少年は、 あっけらかんと言う。
アンタ王子なんだからさー、そこが問題なんだよー、とハーディは言った。

ハーディが何と言おうと、カイルの女王を憎む心と、自分は間違ってないという信念は 曲げられないようで。
痛む腹を押さえながら、精一杯強がって、相手を睨むように見据えて、カイルは居る。
ここにいるのはもう「怪人」ではなく、ただの「構ってほしかった子供」だ。
彼はもう戦えないだろうとふんで、リサは自分の剣をしまった。
ようやく、アレックスにも武器をしまわせることが出来たから。

王子カイルは変装までして、シ=サという人物を演じていた。
それには、何か理由があったのだと思う。
違う人物になりきるのは、元の自分を捨てたいという願望の、現れだと言っていい。
威風堂々としたシ=サという男にカイルが「なった」のは、弱々しい王子の自分が、 嫌いだったからだろう。
元の自分を変えたらいいのに、それが出来なかったのは・・・、本人の言い分からすれば、 「全て女王のせい」だ。
リサはそう考えて、彼から話を聞こうと、自らもしゃがみこんだ。
そして相手の肩に手を当てて、言う。

「ねぇ、貴方は何故、そんなにも女王を憎むの?」

優しく声をかけられて、カイルは、緊張の糸が切れてしまったようだ。
じわっと目元に涙を浮かべながら、カイルはつぶやいた。

「うっ・・・!みんな、みんなあれが悪いんだ。あのせいだ。
母さんは、あの布を手に入れてから、おかしくなってしまったんだ!!」
うわぁと、子供のように泣き出す、男がひとり。


                     続  く


「創  作」