SCC 17

全ての出来事はそこから始まって、
全ての出来事は、そこで終わる。


「「「布・・・・?」」」

3人は、いっせいに声に出した。アレックスもどうやら「正気」に戻ったらしい。
布というのは、女王が身に付けているショールのこと。
マジックアイテムで、女王を若く見せている、いわば若作りの秘訣といったようなもの。
20歳前に死ぬと予言されたハーディが、「時を遅らせる」作用があるならば、欲しいと思った、品。

それが、女王が王子に「ひどくあたった」理由らしい。
詳しく聞かせて?と言ったリサに、カイルは、涙ながらに理由を語った。

***

女王も、昔は普通の女性だったのだ。
夫を愛し、30を超えてから生んだ王子のカイルを、とても可愛がっていた。
そんな彼女がある時、1つのマジックアイテムに心奪われる。

それを身につければ老化を防げ、貴女はいつまでも美しいままだ、と、それを売った行商人の言葉。
その言葉は、嘘ではなかった。布にはそういった力が、本当に存在した。
問題なのは、それが呪いの類であった点である。

布には、時空を歪める力があるようだ。一種のブラックホールである。
普段は、女王の「時間」を吸い取っている。老化を防ぐ為に。
ただそれが、たまに暴走するらしい。
ある時、他国まで交流の為に出かけていた先で、その「呪い」が発動してしまった。

1人のメイドに布が襲いかかって、若かったメイドは「老衰して死んだ」。

その後は、また普段の落ち着いた「布」。
ただの洒落た、緋色のショール。
女王は、国から出なくなった。他所の国で、そんな事件を起こしたのが自分だとバレるのが嫌だったのと、 この布を、他人に引き渡すのが嫌だったのと。
メイドの件は権力をたてにもみ消して、ショールの魔力は秘密のまま。

”このショールは、誰にも渡さない。
ワタクシは、ずっと若く、美しいまま。”

そんなことをずっと考えるようになった女王は、子供のことをかえりみなくなった。
優しく、美しかった母親は、カイルの前から姿を消し、後は欲望にまみれた女が、ひとり居るだけだった。

カイルは、元々父親似の外見をしていた。
ワタクシに似れば、もっと美しかったのに、という、女王の言葉。
「お父様に似て、優しい色の髪をしているのね。」と言ってくれた母は、何処だろう。

そうやって時は過ぎ、父王は死んで、30を超えた自分と、見た目は40歳程度の、若作りな女王。
カイルは、女王が憎くなっていた。
正確には、変わってしまった彼女が憎かった。
僕の母はどこだ。
優しかった、僕の母は。
それもこれも、みんな全て、あの布が悪いんだ。

そうやって、カイルの中でもう一人の、「憎い相手を倒すだけの力を持った男」の像が出来上がり、 そういった拠り所を見つけて、王子の中の憎悪の念は、どんどんと強くなった。
3人がこの国にやってきて、女王に近づこうとしていることを、偶然知った。
また、あの女のご機嫌をとる輩がやってきたか、と思った。
ハーディが女王に近づこうとしているようだったから、それを利用して、彼女を殺そうとした。
それが、全てだ。

「・・・・・・・・・。」

黙ってしまった3人の中で、聖騎士のリサが最初に口に出した。
彼女は、遠くを見るような目をしていた。

「死んだメイドって・・・・・・多分、マチルダいもうとね。」

だから、自分にも何も事情が明かされなかったのか、と。
遺体すら、見ることが出来なかったのは。
他国の女王のせいで、呪いで老衰して死にましたなどと、誰が言えようか。
そうか、そのショールが。私の、大切な、妹を。

その場に対象の布があれば、怒りにまかせて、引きちぎってしまっただろう。
女王(正確には、女王の遺体だが)はドレスを着ていて、例のショールは身に付けていない。
それは、幸運なことだったろう。
は、と気づいて、リサは後ろを振り返って、アレックスの様子を見た。

白い髪の破戒僧は、変わった様子を見せなかった。
ショックを受けているようでも、怒っているようにも見えず。
また、真実を知り、安心したようでもない。
普段の、感情を忘れたような、無表情な顔。
あぁ、とリサは思わずため息を漏らす。

”融けかけた、彼の心の氷が、また固まってしまう。”

真実を知るのは、いつだって辛いことだから。
知らなければ良かった、と思えることは、多い。
だが、そうやって人は生きていくのだ。
感情を殺して、好きも嫌いも何も無くなって生きていくのは、ひととして、寂しい。
他人とは違った力を持っていたアレックスには、癒す人、マチルダの力が必要だったのだろう。
だが、彼女はもういなくて。
どうすればいいのだろう、とリサは思う。


                     続  く


「創  作」