SCC 19

***

ここにハーディはおらず、騎士の女性リサと破戒僧のアレックスが2人で、 女王の遺体を眺めている。
正確には、それは「遺体」ではないのだが。

「生きてる、って・・・どういうこと?」
リサは、そうつぶやいた。するとアレックスは言う。
「女王と、彼の魂を、入れ替えました。」

アレックスはしゃがみこんで、その手から光を放ち、胸から血を 流している女性に、回復魔法をかける。
柔らかな光が彼女を包んで、しばらくすると、女王は目を開けた。

「・・・・!僕は、いったい・・・・!」

「女王」は、そう言った。その台詞に、リサも驚く。
アレックスは別段顔色も変えずに、リサに向けて説明をした。

「人間は死ぬと、魂が抜けるんですよ。それは知ってますか、あぁ。
蘇生魔法があっても、人を生き返せない場合があるのは、魂が抜けて しまっていて、身体が回復しても、そこに入る精神がないからです。
・・・魂は、どこに行くのかって?さぁ、そこまでは知りません。

別の話なのですが、”交換”という呪文があります。
2人の人間の魂を入れ替えるという、魔術です。精神だけが入れ替わります。
成功率は、低いですけどね。

私は、すでに無くなってしまっている女王の魂と、この王子の魂を、 入れ替えようとしました。
正確には、王子の方の身体には、何も入っていないのですから、 入れ替え、とは言えませんけど。」

そこまで言ってからアレックスは、呆然としている「女王」に向かって、言う。

(きみ)。君は、女王が嫌いだったのでしょう?
王子の君に振り向いてくれない、自分勝手な女王が。
これから君は、その女王として生きるんですよ。
どれだけでも、慈愛に溢れた人物になるといいです。
君は、”自分”も嫌いだったはずです。
憎いと思っているのに、行動に移せなかった、弱い自分が。

王子の彼は、死にました。

全て、忘れなさい。
「貴女」はスカーレットキングダムの女王、クイーン・スカーレットです。
それ以外の、何者でもありません。
・・・分かりましたね?」

アレックスはきびすを返して、部屋を出ていく。
慌てて、リサも続けて部屋を出た。
王子は死んでしまったのだから、葬儀はあげないといけないが、
あの様子だと、元より影の薄い人物であったのだろうから、
女王が死ぬよりは、ずっと問題なく済むだろう、というのが、アレックスの見解で。


2人が更衣室の方に戻ってくると、そこにはやはり、緋色のショールがある。
数分前の、あの「交換条件」を思い出す。

***

ふふ、と笑うショールは、3人につぶやいたのだ。
”貴方たちも、若さを手に入れたいのかしら?”

3人は首を振る。願っているのは、若さを保つことではない。
違うよー、と、ハーディは答えた。
”では、何かしら?何だか強い思いを持って、私に触れたみたいだから、 珍しく声をかけてみたんだけど?”
そういう、ショール。
リサは、単刀直入に聞いた。

「ねぇ、貴方の魔力で、人の寿命を延ばすことはできないのかしら。」

それが、出来さえすれば。
ただひとつの願い。人並の長さを生きること。
どうしても、叶えてあげたくて。
若くして死んだ、マチルダの代わりに。

そう、「2人とも」が、思っていた。
リサの質問を受けて、ショールは言う。

”寿命を延ばすことは、できないわ。
私は、そんなことをして生きているわけじゃないもの。
私はね、人間の時間を食べて生きているの。”

だからね・・・、と緋色の彼女はつぶやいて、「交換条件」を持ちかけた。

”一度ね、時間を固めてたっぷ〜り、食べてみたいと思っていたの。
ちょこちょこ、少しずつ食べるのには、飽きちゃったわ。
誰か、20年くらい時間が巻き戻ってもいいなら、その時間をちょうだい。
その人間の寿命が増えるわけじゃないけど、歳が若くなるんだから、 「生きる長さ」は長くなるってことでしょ?
それで、どうかしら。”

代わりに、しばらくは大人しくしててあげる、というのが、彼女の出した案。
どうやら、数年前にメイドを死に至らしめたことに関して、覚えてはいるようだ。
「魔物」の相手に、そのことを今更責めてもしょうがないと、リサは何も 言わなかった。アレックスも黙っている。

3人は、しばらく沈黙していた。それからふと、ハーディがつぶやいたのだ。
「俺、被ろうかなー。」

***

そんなことがあったから、さっき女王とその王子の様子を見にいった時、ハーディは いなかったのだ。
彼はどこにいるかというと、下。

「ばぁ。」

そういう声がした。
その言葉に、意味はない。意味のない単語だ。
無理もない、彼は今、「子供」なのだから。
ケラケラ、ハーディは笑っている。ご機嫌であるらしい。
リサは、そんな小さな彼を抱えて「たかいたかい」をして、言った。

「あら、ごきげんさんですね〜。」

その声は、まさしく幼児をあやす声だ。まさに、その通りなのだけれど。


”俺さー、このショールの言う通り、時間を巻き戻してもらってー、
小さく、なるからー。
そしたらまたー、18歳程度まで、時間の余裕が出来るだろー?
18の18で、36年くらいかければ、生きる方法も、きっと見つかると思うんだよなー。”

そうハーディは言って、ショールの「案」に乗って、
その魔力で、彼の歴史は幼児まで戻ることとなった。
「ちょっと待って、小さくなって、貴方はどうするつもり・・・っ!」とリサは尋ねたが、 ハーディは、いつもの「決め付け」な言い方で、言うだけだった。

「どうするってー?
あー、小さくなった俺の世話は、誰が見るのか、とかかー?
そんなの、リサとアレックスの2人が、してくれるんだろー?」


   心のどこかで、そういった関係になることを、
   私は、期待していたのかもしれない。

そう、男性も女性も同時に思って、そのきっかけをくれた少年に、感謝をした。


幼児は、ばーとかぶーとか意味の無い言葉を繰り返して、聖騎士の女性の足元に、 まとわりつくようにして、懐いている。
「おやおや、”ママ”だと思ったのでしょうか?」
と、白い髪の破戒僧が笑いながら言ったので、リサは負けじと言い返した。

「あら、それなら”パパ”にあたるのは、貴方ではなくて、アレックス?」


・・・・・変人3人のおかしな旅は、ここでおしまい。



                     < 完 >

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