SCC 5

「月の綺麗な夜に」2 リサ&アレックス

それはまた、違う夜のこと。

「眠れませんか。」

テントを出て夜風にあたっていたリサに、アレックスはそう声をかけてきた。
問われた方は、「えぇ、ちょっとね。だから、気分転換。」と答える。
軽く礼をしてから、白い髪の僧侶はリサの隣に腰掛けた。

リサは、しばらく黙って相手の白い横顔を眺めていたが、視線に気づき、 アレックスは言う。
「何か?」
あ、うぅん・・・と、リサは否定する。

こういったときのアレックスの「応対」は、非常に「普通」である。
人が血まみれになっていようが、眉ひとつ動かさない、普段、”こわれた破戒僧” だとは、思えないほどだ。
その口調は落ちついていて、柔らかくて。
妹のマチルダもそういったところに惚れたのだろうか、と下世話なことを考える。

「髪、そろえたら?」
そう、リサは告げた。アレックスの髪は美しい白髪だが、彼はその髪を 整えもせず、ボサボサにしている。
それは、アレックスが全く己のことを気にしていないからだ。
自分のことなど、どうでもいい。その容姿も、印象も。
だからアレックスは、身だしなみになどに気を使わず、髪を伸ばしたい放題にしている。

「髪・・・ですか?」
アレックスは意外そうだ。珍しく、普段無表情なその顔に、驚きの感情がうかがえる。
彼は「髪などそろえて、何になる」と言いたいかのよう。
そう、髪をきちんとするのよ、とリサは続けた。

「・・・興味ありませんね。」

白い髪の僧侶は、そう小さくつぶやいた。興味あるとかないとかの問題ではなく、 マナーってものでしょ、と女性は言うが、そんな論理が相手に通用するわけがない。

リサが、相手に「身だしなみをちゃんとしてほしい」と思うのは、
彼がパーティの仲間だからか、
それとも、家族の想い人だったからか。
・・・多分両方だと思うが・・・。

ふいに、アレックスが言う。
「私たちが2人でいると、ハーディが、
”大人2人で、何か企んでるな?”ってやっかむでしょうね。」

そう、リサとアレックスの2人は、「2人」でいることがあまりない。
大抵はハーディを含めての3人か、または、
ハーディとリサ、ハーディとアレックスという「組み方」だ。
そういえばそうね、とリサも小さくつぶやく。

こうやって、普通に会話することもできるのに、
彼は何故、自分を”魔”と言うのだろうか。
大切なひとを亡くした悲しみは分かる。それはリサも同じだったから。
だが、リサはごく普通に暮らし(聖騎士であるのに城を出てはいるが)、 アレックスは、破戒僧として生き。

「月が美しいですね。」

夜空を見上げて、アレックスはそうつぶやいた。彼は続けて言う。
「私は、月は嫌いです。」
ふぅと一つ息をついて、アレックスは立ちあがった。リサは問う。

「どうして、月が嫌いなの?」

リサの顔を見て、破戒僧は答える。
「言いませんか、昔から。
・・・・月は、狂気の元になると。」

だから嫌いなのです、とアレックスは言う。
狂気にとりつかれた青年は、狂気をもたらす月が嫌いだ、と。

月を眺めて、もっと自分が押さえの聞かない人間になってしまったら、と。
だからアレックスは、月を見ないのだろう。
月を背に、テントに戻っていこうとする青年の姿を眺めて、リサは思う。

”完全に、おかしくなるのを防いでいるのは、誰のためなの?”


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「創  作」