天から雫が落ちるのは、雨が降るのは、
自然の摂理で。
決して天の「感情」なんかじゃない。
それでも僕は、その時思ったんだ。
これは、空が泣いているんだ、と。


++++空は泣く

「帰るんだ」と、カルマは言った。
突然に。出かけるといったそぶりも見せなかったのに。
帰る、と彼は言った。
戻るべき場所は、ここ以外にあっただろうか。
勝手に、自分と相手の「住処」を一緒に考えてしまって、僕は 苦笑する。
ふいに寂しげな顔をしてから、カルマは続けた。

「生まれた街に、育った街に、行ってみようかと思っている。
・・・特に、理由はないんだがな。」

赤い目のカルマは、天涯孤独だ。・・・僕も家族はいないけど。
そんな彼が幼少期育った場所は、信仰都市で、
彼は、神官となるべく育てられたと聞いた。
そこでは、大きな声では言えないような習慣があったみたいだけど・・・。

その街は、カルマにとって「故郷」ではないだろう。
帰りたいと思う土地ではないはずだ。
それでも彼は、そこに行こうとしている。「理由はない」と告げて。

「そう。・・・いってらっしゃい。」

忌むべき過去のある場所に立つと、思い出さなくてもいい傷にまで、 触れてしまうことがある。
だけど、行く意味があるんだろう。きっと、「このひと」は分かってるんだ。
ごく普通に笑って、送り出す言葉を口にした。

ひとりになりたいのだと分かるから、ついていくとは言わない。

ただ心配なのは、君がそこで新しい傷を作って、
またひとりで、それを抱え込むことになったら、と。
そういうことを、気にしている。
僕のことはいいよ、心配しないで。

ふと横を向いてから、黒い髪の彼はつぶやいた。

「別段楽しいところでもないと思うが・・・お前も来るか?」

その言葉に、ありがとうと言いたくなった。



・・・・・・・・・・「いいよ、いってらっしゃい。」


++++

この街は、何て雲が厚いんだろうと、まず思った。
僕は、カルマの育った街に来ている。
・・・・彼が、帰ってこなくなったから。

数日で帰ると、その人は告げた。
しかし、2週間経っても彼は帰ってこない。
ギルドの宿屋は「懐かしい我が家」ではないかもしれないけど、
カルマは言っていたから。

「わたしは、その街に‘行く‘んだろうな、戻るのではなく。
帰る、と言ったが、その表現も間違っていたな。
わたしは、ここが‘帰るべき場所‘なんだろう。」

ふるさとが、ないから。
だから、今が一番良いと思うしかない。
単なる宿泊施設のその場所を、帰るべき場所だと言った。
付け加えられた、彼の言葉が嬉しい。

「血族はいなくても・・・
ここに、お前は、いてくれるだろ?」


カルマはこの土地に、何を求めにいったのだろう。

それ以前に、何故彼から全く連絡がないのかも、気にかかる。
そして街についてから、街の中で起こっている騒ぎのことを耳にして、
なお心が揺らぐ。

黒いマントの男が、女子供を襲う猟奇殺人が、繰り返されているらしい。

黒いマントの・・・・・。
僕は頭を振った。
馬鹿なことを考えたものだ。「故郷」にまで帰って、そんなことを
する人間がいるものか。
例えいたとしても、カルマはそんなに容易く、人の命を奪う人間では
ない。
例え、街に恨みを持っていたとしても・・・・。
僕はまた頭を振った。
どうも、そういう思考から離れられなくなっているらしい。

その事件でなくても、彼が何らかの事件に巻き込まれている可能性は、
ある。
彼はそうそう弱いひとではないけど、暴力に訴えるという方法も使わない
ひとだから。
あぁ、どうか無事でいて、と信仰心もないのに、天に祈った。


おもちゃ屋の前で、知った。
カルマは以前言っていた、「これは、物語に出てくる怪人の格好なんだ。
わたしは、それが好きでな。」
随分子供っぽい発想で、服装を決めてるんだなと思ったものだ。
カルマが言っていた、怪人はこれだろう。
「ミスター D(ディー)」
その怪人は絵本の中で、盗賊から財宝を盗みとったり、
夜中、子供の部屋の窓際に現れたりしていた。
悪いことはしてるけど、「悪人」ではないようだ。
もちろん、ひとを殺すなんてことはしてない。
僕は絵本のページをめくった。
猟奇殺人の犯人は、捜査をかく乱するため、ミスターDの格好を
しているんだろうか。

雲行きがあやしくなってきて、今にも雨が降りそうで。
僕は立ち上がって、怪人の「活躍」を見るのをやめた。


彼は、どこにいるんだろう。
恋しいと小さくつぶやいても、風の音にかき消されるばかりだ。


++++

僕はこのような体格で、職業もまっとうではないから、
ほかの観光客に紛れていても、目立つほうだ。
それなら、カルマも同じだろう。白い肌に、黒い髪。赤い瞳。
そのコントラストを引き出させるように、カルマは黒と赤の服を
着ているのだろうから。
宿屋の人間に、尋ねてみる。

「あぁそういえば、そんなひとがいたかもね。」

不確かな、答え。僕の求めるものは、何ひとつ見つからない。
暗い雲はどんどん厚さを増していって、夜になるころには 星ひとつない、闇夜。

怪人は、こんな日に現れるのだろうか。

僕は宿屋に荷物を置いて、身ひとつで外へ出た。
胸騒ぎがする。何かある。
遠くで、ひとの叫び声が聞こえた。



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