「ジュリアスさま。良い酒が手に入ったんですが、今晩いらっしゃいませんか?」
俺は月に一、二度はこうやってジュリアスさまを私邸に招く。
「ほう。また仕入れたのか。そなたもずいぶん酒好きになったものだな。まあ、カティスには及ばんが。」
「ははは、そりゃあ、あの人には敵いませんよ。」
「だが何度も言うようだが、あまり酒ばかり飲むのではないぞ。程々にな。」
「はあ、それは、もう。で、どうなさいますか?いらっしゃいますか?」
ジュリアスさまは即答を避ける。以前なら大体即座にOKしてくださったものだ。だが今はそうではない。ジュリアスさまに『大切な女性』ができたからだ。…陛下という。
そして熟考のうえ、やっとお答えになる。
「……そう…だな。まあ、よいだろう。御馳走になろう。」
俺の胸は、その答えに早鐘を打ち始めた。
そして俺は今夜の時間を決めて、ジュリアスさまと別れた。
今夜。俺は今夜、ある覚悟をしている。もししくじったら、俺はきっとこのままではいられない。守護聖としても、人としても、ジュリアスさまに二度と顔向けはできまい。
本当にやるつもりか?オスカー。まだ充分取り返しはつく。やめておけ。俺の良心がそう訴える。しかし、俺は……。





「媚薬?」
「そうです、旦那。たしか前にお会いした時に、おっしゃってましたよね。片思いの人がいる、って。」
「……そんなことを俺が?」
「あれ?忘れてらっしゃるんですか?ああ、少し酔ってらしたですものね。いや、あの時はアタシもまさかモテモテな旦那にそんな人がいるもんですかって言いましたけどね。いくらモテたからって、思い通りにならない人はいるもんだ。」
「……そう言えば、そんなことを…。」
「思い出しましたか?でね、旦那。いい媚薬が手に入ったんですよ。凄く効きます。これは。どんな理性の持ち主でももう、メロメロの濡れ濡れですわ。しかも副作用もあとくされもありません。」
話の相手は外界で知り合った怪しい商人だ。実は身元の確かなチャーリーなどとはまったく違う。正真正銘、星から星へと怪しい品物を売り歩く、本物の怪しい商人だ。
彼は俺の正体を知っているのだと思う。だがそう言うことは一切抜きにして俺の好きそうな物をいろいろ持ってくる。珍しい酒もそうだ。そして、こんなものも。
「副作用がないというのはわかるが、あとくされもない、というのはどう言うことだ?」
「……ええまあ、つまり、抱かれたことを忘れてしまうんですな、きれいさっぱり。」
なんだって。抱かれたことを忘れる?それじゃあ意味がないんじゃないのか?
「それじゃ意味がない、ってお思いですか?そんなこたあない。だって、あなたの躰は忘れません。愛しい人の躰の思い出を持てるだけでもいいじゃありませんか。それに、頭の方の記憶はなくなっても、多分彼女も躰の記憶は残ります。まあ、なんかHな夢でも見たと思うかもしれませんね。」
俺は息を飲んだ。…欲しい。もちろん俺の相手は、彼女、などではないが。
「使い方は難しくはないか?」
「簡単です。酒でも茶でも、混ぜて飲ましてしまえばいいんです。無味無臭。バレることはありません。20分も経てば、もう彼女、ぐっしょりですよ。効き目の長さは個人差もありますが、まあ小一時間くらい。あとは朝まで爆睡です。それまでになんとか思いを遂げりゃあいいんです。楽勝でしょう?」
「……高いんだろうな。」
「まあ、それなりにね。けど、薬の効き目を考えればお安い買いもんだと思いますよ。せっかくだし、感度のよくなる潤滑ゼリーもつけて、こんなもんでどうです?」
商人は電卓を叩いて見せた。確かにそれなりの額だ。しかし、俺に出せない額ではない。こいつの口が固いことも知っている。買いだ。もうこれは、買うしかあるまい。
「貰おう。」
「そう来なくっちゃ。旦那。男は度胸、ですもんね。じゃあ、これ。毎度。」
そして、俺の手には小さな箱が二つ、乗せられていた。





「お味はどうですか、ジュリアスさま。いい香りでしょう。」
俺はさりげなく使用人に休暇やら用事やらを与えていた。今、この屋敷には俺とジュリアスさまの二人きりである。もちろん用心のために玄関の鍵も中からしっかりかかっている。
「うむ。馥郁、とはこのことだな。まことによい香りだ。」
もちろん酒もとっておきだ。抜かりはない。
ジュリアスさまと俺は、ランプの光の揺らめく部屋のソファに向かい合わせで掛けている。
となりは寝室だ。お膳立てはすべて整った。だが、というべきか、だから、というべきか俺の胸は早鐘を打ちっぱなしだ。
もうすぐ。もうすぐ薬が効き始めるはずだ。考えただけで、俺の躰まで準備が整ってきそうな勢いである。
「ジュリアスさま。もう一杯いかがですか?」
ジュリアスさまは、ほうっと息をつく。なんだかそれだけでも色っぽい。
「いや…もう、よい。なんだか、今宵はずいぶん酔いがまわるようだ。」
「お疲れなんですよ。きっと。」
「うむ…」
ランプの明かりしかないのではっきりはわからないが、ジュリアスさまの目が据わってきたようだ。いよいよだ。だが、本当に思い通りになるものなのか。
「……あつい…。」
ジュリアスさまが俺の煩悩を直撃するような声でそう言った。
「ジュリアスさま…」
「どうしたのだ…体が…熱い。」
俺は息を飲んだ。効いている。間違いなく効いている。
「ジュリアスさま。酔われたのでしょう。服を緩めて、楽になさってください。今、お水をお持ちします。」
そう口では言いながら、俺はそのままジュリアスさまのシャツのボタンを外し、そっと胸に手を差し入れて肌に指を走らせた。
「あっ…」
ジュリアスさまが声を出した。なんて声だ。俺はくらくらする思いをこらえながら、ゆっくりと指を動かす。
「う……っ」
「ジュリアスさま。ご気分はいかがですか?」
「熱……っ、は、ああっ…熱いっ…何故…このように…っ」
凄い効き目だ。もうジュリアスさまにはまともな答えができなくなっているらしい。
俺はついに賭けに出た。ジュリアスさまのズボンに手を掛けたのだ。
ウエストを緩め、股間に手を伸ばし、思いきってその部分に触れる。
固い。…と、ジュリアスさまの躰が小刻みに震えた。
ジュリアスさまの口から、一層切ない喘ぎが漏れる。
俺のほうも、もう充分張りつめて固くなっている。このままでは俺が苦しいので、俺もズボンの前を緩めた。
やはり脱がせた方がいいのだろうか。服がぐちゃぐちゃになったら怪しまれるかもしれないしな。そう思って、俺はジュリアスさまのの服を脱がせにかかった。
俺が服を脱がすためにあちこち触るたびにジュリアスさまは喘ぎを漏らす。
たまらん。これでは俺がたまらん。先に達っちまいそうだ。
「ジュリアスさま…」
俺はジュリアスさまを抱き上げると寝室へ向かい、そのままベッドに横たえた。
薄暗がりの中でもなお、光り輝くような白い肌が眩しいほどだ。
「愛しています、ジュリアスさま。」
俺はそう告げると、ジュリアスさまの唇を吸った。驚いたことにジュリアスさまも応えて来た。熱い舌と舌が絡む。苦しくなるくらい、俺たちの口付けは続いた。
俺はそのままジュリアスさまの躰に舌を這わせる。
「ああっ…はっ、アン…ジェリークっ…」
その時、ジュリアスさまのその言葉。
俺の頭はぐらりと揺れた。そうか、ジュリアスさまは……。
俺の心が嫉妬に燃えた。今だけ。今だけでいい、俺の名を呼ばせたい。
「オスカーです、ジュリアスさま。俺は陛下じゃない。俺はオスカーです。オスカーと呼んでください!」
俺がオスカーとわかれば、ジュリアスさまは俺を拒まれるかもしれない。だがそれでも構わない。力ずくでも、ジュリアスさまを奪ってやる。
俺はジュリアスさまの燃える芯を口に含み、ゆっくりと舌を絡めた。…と、その時。
「うあ…あっ、うっ…くぅ…っ!」
ジュリアスさまのものが、俺の口の中で弾けた。まさかもう達してしまうとは。俺は焦りながらも口の中の液体をゆっくり飲みこんだ。
ジュリアスさまは大きく息を弾ませながら、薄く目を開けて俺を見た。
「……オ…オスカー…?」
「はい、ジュリアスさま。」
「何故、そなた…」
「ジュリアスさまが苦しそうでしたので。」
「私…が?」
「はい。」
ジュリアスさまは俺をじっと見ている。かなり混乱しているようだ。だがこのままジュリアスさまが正気に戻られたら俺はどうなるんだろう。
いや、もう構わない。俺は決めたのだ。どうなってもいい、俺はジュリアスさまを…
「愛しています。ジュリアスさま。」
「あい…している?そなたが私を…?」
「はい。もう、ずっと前から、あなたが好きでした、ジュリアスさま。」
そういいながら、俺はジュリアスさまの躰に口付けた。
「うっ…」
そっと、股間に手を伸ばす。そしてゆっくり扱き始める。
「やっ…あっ…よ…さぬ…か…っ」
大丈夫だ。まだ充分に反応する。ジュリアスさまのそこは、再び熱く固くなってゆく。
「あ、ああ…」
俺はジュリアスさまを愛撫しながら、そっと後ろを探った。そしてその部分を探り当て、ジュリアスさまの粘液で湿らせた指を一本、ゆっくりと差しこんでみた。
「くはっ…やめ…っ」
ジュリアスさまの躰がびくんと震えた。
そこはまだ緩んではいない。だが既にずいぶん熱くなっていた。
俺はあの男に貰った潤滑ゼリーを手に取り、そっとそこに塗りこむ。
「オ…オスカーっ…あっ…」
俺の指は二本に増え、更に奥のほうまで入りこむ。中が、まるで火のように熱くなる。
ジュリアスさまは苦しいのか、感じているのか、小さな呻き声の漏れる唇、そして涙で潤んだ瞳から、つうっと銀の雫が零れる。その表情に俺はまた煽られる。俺のそこも、もうはちきれそうになっている。もう、待てない。我慢できない。
「ジュリアスさま、我慢なさってください。」
俺は指でジュリアスさまのそこを押し広げると、両足を腰に回させ、前からゆっくりと俺自身を押しこんだ。きつい。ものすごくきつい。俺はそのまま左手一本でジュリアスさまを抱きかかえた。息が詰りそうな圧迫感。
「う、ああ…オスカー…っ」
俺の名だ。ジュリアスさまが、俺の名を呼ぶ。俺はたまらずジュリアスさまをゆっくりと動かした。右手の中にはまだジュリアスさまの熱い芯がある。
「オ……スカー…っ、あ…あっ」
ジュリアスさまの中で俺が燃える。ジュリアスさまの中も燃えるように熱い。
「ジュリアスさま…っ、あい…しています…っ」
俺はジュリアスさまを力の限り揺さぶる。腕が痛くなるほど。
ジュリアスさまの喘ぎもそれにつれて激しくなっていく。いつの間にかジュリアスさまは俺の首にしがみついて、今ではまるで泣きじゃくる子供のように喘いでいた。
「オスカー…っ、オスカーああっ、あああ、ひあ…っ」
ついに、俺の手の中のジュリアスさまの張りつめたものが激しく痙攣する。
俺の掌の中でジュリアスさまが再び達した。切ない哭き声が俺の躰を突き抜ける。
そして、その瞬間、ジュリアスさまの中でついに俺の想いが弾けた。

ジュリアスさまの躰は、何度か大きく震えると、ぐったりと力をなくした。
見ると、既に意識を失っているようだったが、呼吸はちゃんとしている。大丈夫だ。
だが、ジュリアスさまの美しい顔も躰も、汗や涙やいろいろな体液にまみれ汚れている。俺は思わず抱き上げて、シャワールームに向かった。しかしシャワーで洗っている時さえも、ジュリアスさまは目覚めなかった。これも薬のせいなんだろうか。
俺はジュリアスさまの全身を洗い清め、そのままバスローブを羽織らせた。そしてしわくちゃになったシーツを引っ張って伸ばし、ベッドに横たえる。
だけど俺自身は体も心も疲れきって、かえって眠る気になれず床に座りこんだ。


ジュリアスさまは、俺に抱かれていると知っても俺を拒まなかった。俺の名を呼んで、俺にしがみついた。俺の腕の中で哭いた。俺の掌の中で達した。
耳に残るあの切ない哭き声と、しがみついて来た腕と指の感触はまだ消えない。
あの瞬間、俺は誰よりも満たされていた。俺の願いは叶った。
だけど…。何故、今はこんなに虚しいんだろう。俺は、床の上で膝を抱えて泣いた。





翌朝目覚められたジュリアスさまは、あの男の言った通り、酒を口にしてからのすべての記憶を失っていた。
そしてそれがショックだったらしく、ジュリアスさまは当分酒を飲むのはやめる、とおっしゃった。記憶をなくすまで飲んだせいだと思ってらっしゃるのだ。
「酔って寝てしまったのか。すまぬことをしたな、オスカー。……だが何故私は素肌の上にバスローブなどを着ていたのだ?……まさか…」
俺はぎくっとした。まさか。思い出したのか?
「……吐いたのか?吐いて、そなたに後始末をさせていたのではないか?」
なんだ。俺はホッと小さく息をついた。
「大丈夫です、ジュリアスさま。ただひどく汗をかかれたので、お召し物が汚れてはと思って、失礼とは存じましたがお召し代えさせていただいたのです。」
「……下履きも、か?」
「あ…それは、あの…申し訳ありません。あの、なんと申しますか…。」
「……あまりよく覚えてはおらぬが、はしたない夢を見たような気がする。もしや……」
はしたない夢…、か。なるほどな。
俺は、開き直っていた。どこまでもしらを切ってやる。
「あの、申し上げにくいのですが…。」
「……夢精、か。」
「は…。差出た真似を致しまして、申し訳ございません。」
「……いや…そなたなら構わぬ。私こそすまなかった。嫌な真似をさせてしまったな。」
俺は、さすがに胸が痛くなった。ジュリアスさまはそこまで俺を信頼なさっている。それなのに、俺は…。
「ん?ああ、もうこのような時間か。急ぎ私邸に戻り出直さなければ遅れてしまうな。
ではオスカー。いろいろと迷惑を掛けた。そなたも遅れぬようにな。」
ジュリアスさまは少しはにかんだような微笑を残し、馬車で私邸に戻って行かれた。


俺は寝室に戻ってベッドの上掛けを捲り、ジュリアスさまのぬくもりが消えかかったシーツにうつ伏せた。
シーツには何本も長い金の髪が貼りついている。俺はそれを拾い集め、指に絡め取るとそっと口付けた。
「ジュリアスさま…」
あれは誰だったのだ。
俺の腕の中で、切なく哭いた人は。
俺の名を呼んで、俺の首にしがみついて来た人は。


俺は泣いた。
あの人は、もう今はどこにもいないのだ。





俺も当分、酒を飲む気にはなれそうもなかった。


end