秋深し…
秋も深まったある日のこと。
光の守護聖ジュリアスは、執務の息抜きに宮殿の中庭を散策していた。
さて、中庭にはいろいろなものが転がっていたりする。
最もよく転がっているのが昼寝中の鋼の守護聖。これは完全に芝生の上などに寝っ転がっているのでうっかりすると踏んでしまう恐れがある。
転がっている方が悪いのに、逆に怒られてしまうと言う割に合わないことも、マルセルやルヴァなどにはよくあることだ。
さて、次いで多いのが木の根元にもたれて寝ている女王陛下。
もちろんこの両者とも見つけ次第叩き起こして執務に戻らせるのがジュリアスの常である。
まあ、女王陛下の場合あまり疲れているようならたまに肩を貸してしまったりもするが。
あとは花壇の縁にしゃがみ込んで土いじりしている緑の守護聖。それから風の守護聖が手懐けた大きな犬。いるわけもない魚を釣るつもりなのかわからないがうろうろしている地の守護聖のつり竿の先。
またジュリアスにとっては執務をいつまでもサボっている守護聖というものも道端に転がっているような目障りな存在に感じられることもある。つまり、道端で鼻歌を歌いながら化粧を直している夢の守護聖も、処構わず(と、ジュリアスには感じられる)腰を掛けてハープを奏でる水の守護聖も、何故か立ち止まって、じっと自分に熱い視線を送っているように見える炎の守護聖も散策の妨げになるわけだ。
まあそれ以外にもありそうだが、実にいろいろなものが転がっていたりして行く手を塞いでいるものだ。
さて、問題は木陰で立ったまま寝ているんだか起きているんだかわからない闇の守護聖である。言うまでもなく、これが一番ジュリアスの神経を逆なでする存在である。
「クラヴィス。」
「………」
「クラヴィス、起きよ!」
「……五月蝿い。」
「なんだと?」
「……」
「クラヴィス!」
「寝てなどいない…」
「では執務に戻れ!」
「断る。」
「なんだと!」
……たいがいこのようにエンドレス状態になってしまう。それがイヤなら放っておけばよいのだが、なかなかそうも行かないのがジュリアスの性分である。そうやって血圧を上げるというのかストレスをためるというのか、とにかく無駄な労力を使って何も得るものがないのだ。実に損な性格ではある。
さてしかし、この日は何故か違っていた。
「クラヴィス…」
「……ん?…ああ、おまえか。」
「……何をやっているのだ。」
「…考え事をな…。」
「それは執務室では出来ないことなのか?」
「そうだな。私もたまには気分転換が必要だ。おまえのようにな。」
ジュリアスは、何を言っている、と思った。たまには気分転換、なものか。気分転換の合間に仕事をしているくせをして。
「私と一緒にするな。」
「クックック…やはりそう思うか?」
「何をふざけたことを…」
「いや、実は逃げて来たのだ。」
「逃げて……?」
「よくはわからぬ。だが今朝は陛下や世話好きの者たちが入れ替わり立ち替わり執務室に現れるので寝ることもできんのだ。」
「執務室は寝るところではない。」
「まあ、固いことを言うな。」
「しかし何故だ?……そなたになにか用事でもある…今日はなにか特別に闇のサクリアが必要なことはなかったと思えるが…」
「そうだな。そういう用事があるのならまずおまえが現れるだろう。」
「…陛下…まで?」
「妬いているのか?」
「何故、おまえに妬かねばならぬのだ。」
「……冗談はさておき、ジュリアス。」
「むっ?!(怒っているらしい)……なんだ?」
「今日は何の日だか知らぬようだな。」
「なんだと?」
ジュリアスにとって、自分の知らない予定があるということはあまり面白くないことであるようだ。目を伏せて指先を額に当て、記憶を遡っているような様子を見せる。
「今日は11月…じゅう…いちにち…?」
はっ、と思い当たるジュリアス。
「思い出したか、今日がなんの日か。」
「そうか、そなたの誕生日であったな。」
「流石だな、ジュリアス。祝う気もないくせによく覚えている。」
「今さらなんだと言うのだ。子供でもあるまいし、誕生日の宴を開くような年でもあるまい?」
「そうだ、だから逃げている。」
「なるほど、大方陛下がなにか企んでいるのだな。まあ、誰かの誕生日ごとに騒いでいるような気もするが…」
「私は騒がしいことは嫌いだ。」
「同感だ。珍しく意見が合ったな。」
「だが、贈り物は貰うだろう、おまえも。」
「……まあ、いくつかは、な。他人がわざわざ用意したものを無下に断るのも心苦しいものだ…。だから、宴の準備も同じだがな…結局出ざるを得ない羽目になる。おまえはいつも来ないので知らぬだろうがな。」
「私も欲しいものだな。」
「何がだ?」
「誕生日の贈り物…だ。」
「おまえが……?…らしくないことを言うものだな。」
「誰からでもよいというわけではないがな。」
「なに…?」
「ジュリアス。」
「なんだ?」
「目を閉じろ。」
「何故だ?」
「質問はいい、目を閉じろ。」
「??…まあよい…」
首を傾げながらも、ジュリアスはクラヴィスとまとも?な会話が続いていることで少し気分がよかった。そうでなければあの者の言うことなど…と、ジュリアスは後でこの時のことを悔やむことになる。
「素直だな。」
「茶化すと、目を開けるぞ。」
「すまんな。もう少しそのままでいてくれ。」
「いったい何を……!」
その時、クラヴィスはジュリアスをいきなり強く抱きしめ、目を瞑ったジュリアスの唇に、自分の唇を強く押し当てたのだ。
「……んっ……んん…っ!!」
ジュリアスは目を開けてもがいた。もちろん振りほどこうとした。だが唇を割って入ってくる舌の感触は、気持ちが悪いのかいいのか、いつの間にか痺れるような感覚に、ジュリアスは再び目を閉じ、抵抗するのを止めた。
「……ふ……んっ…」
「なかなかそそる声を出すな、ジュリアス。」
そう言うと同時に、クラヴィスはジュリアスから離れた。ジュリアスの体は支えを失ってよろめく。
「ク…クラヴィスっ……!」
「おまえからの誕生日の祝い、確かに頂いたぞ!」
「なっ…勝手なことを言うな!」
「フフ…昂ぶったのなら、陛下に鎮めてもらえ。それ以上は私は要らぬ。」
「クラヴィス!!」
クラヴィスは踵を返し、彼にしては驚くほどの早さでその場を去って行く。
しかしジュリアスのほうはクラヴィスの寄り掛かっていた幹に手を掛けて立っているのがやっとである。
まったく、なんと言う悪質な冗談を…!ジュリアスはそう思って怒りはしたが、何故か冗談ではないような気がする。
…少しだけ。
少しだけ、その気になってしまったジュリアスは深呼吸をして昂ぶりを鎮める。
だが…クラヴィスはもしかして…あれは…私のことを、他人が言うほど嫌っているわけではないのではないか…?
(……そんなことは、わかっている。)
ジュリアスはそう思う。自分もそうであるから…。
(嫌いなら…本当にどうでも良いなら、このように気になるはずはない…だが、どうすれば良いのだ…?どうすれば…。)
ジュリアスの脳裏を二人が初めて会った日の思い出がよぎる。
大好きだった先代の闇の守護聖の代わりに部屋に立っていた小さな守護聖。
その溢れんばかりに強い闇のサクリア。
漆黒の髪と紫水晶の瞳。
腹だたしくて、口惜しくて、だけど惹かれていた、自分と正反対の属性を持つ者。
(やめろ、ジュリアス。それ以上考えるのは危険だ。)
ジュリアスは頭を振りながら宮殿へと戻って行った。
深刻になりかけていたジュリアスは、宮殿での闇の守護聖を交えたバカ騒ぎに遭遇し、その悩みが杞憂に終わったことを知る。
何故クラヴィスまでがそんなに楽しそうなのかは考えもしなかったが。
ジュリアスの怒号が宮殿に響き渡って行った。
おしまい
まあ、クラジュリ的に言えば、クラヴィスの一番
欲しいものはやっぱりジュリアスさまね。と、言
うことでした。m(_ _)mゴメン!