オスカーはジュリアスを抱えたまま再び湯を浴び、新しいバスローブに彼を包んでベッドに横たえた。
「………まったく…きりがないな……どうしてこう……」
オスカーはそう呟きながらジュリアスの髪と頬を撫でまわしている。そうしているうちに、漸くジュリアスの青い目が開いた。
「…お目覚めになられましたか。」
「………私は……」
「申し訳ありません、少し調子に乗りすぎました。」
「……今は…朝か?」
「いえ、まだ…宵の口です。」
「……そうか……で、オスカー。」
「はい…」
「気は……済んだか?」
「あ………あ…と、は、はい…。」
「私も……あの…ようにしていたというのか?」
「あの…え、まあ……そのような……」
「私に抱かれるのは、やはり厭だったのだな……?」
「い、いえっ……そ、そんなことはっ……」
「………こんな関係は、続けぬほうがよいのか……」
ジュリアスはため息のようにそう呟くと、大きな手で顔を覆って黙り込んでしまった。
オスカーもそのジュリアスの様子に、気まずさを感じて黙り込む。
しばらく厭な沈黙が続き、耐えられなくなったオスカーが、言った。
「あの……先ほどは、やはり、い…痛かった、ですか?」
「………」
「少しでも……よくは……なかったのでしょうか……」
「おまえが厭なら……もう抱かぬ……」
「いえ……、あの、私は……っ」
「私は……気が狂いそうだった……」
「は……、そ、それは…その……」
「よく覚えてはおらぬ。……だが、私には、耐えられぬ。」
「……ジュリアスさま……」
「おまえにも、そうだというのなら……私はもう……誰も…抱かぬ。」
ジュリアスの顔を覆った手の間から、幾条もの涙が零れている。
(この方には……やはり……無理だったか…)
オスカーはため息をついた。ジュリアスのプライドにとって、先ほどの痴態は既に許容範囲を越えたものであったようだ。確かに、オスカー自身にとっても、相手がジュリアスでなかったらとても耐えられるものではないだろう。
(……イかせて、とか…まで……言わせちまったものなあ……)
オスカーは、泣いているジュリアスの髪をそっと撫でながら考えた。
選択肢は、二つ。オスカーがこのまま抱かれる自分を甘んじて受け入れるか、関係を断ち切るか。オスカーはため息をつく。考えても無駄だ。結果はわかっている。やっと叶ったこの思いを捨て去ることなど、今の自分にはできない。
「俺は……厭じゃありません。」
ジュリアスはその言葉にびくりと反応して、顔を覆っていた指をそっと外す。涙で潤んだその瞳は驚きに満ちていた。オスカーは素直に負けを認めた。いや、最初から勝ち目なんかなかったのだ、この人と、俺では。
「オスカー……」
「その……もう少しだけ、お手柔らかに願えれば、俺は…いいです。あなたなら。」
「まことか……?」
「…あなたでなければ厭ですけど。」
「オスカー……すまぬ。だが本当に良いのか?無理はしておらぬか?」
「いいえ。大丈夫です。」
オスカーはそう言って、ジュリアスに覆い被さるように抱きついた。
「いかようにも、お申し付けください。俺はあなたの奴隷です。」
「…奴隷などと…!そのような言葉、使ってはならぬ。」
「では、あなたの虜です。」
「囚人(とりこ)だと……そなたは私に、何の罪を犯したというのだ。」
「女王陛下と、守護聖の務めがすべてだったあなたを、私に夢中にさせた罪です。」
「……なんと……!……ふ、…だが、そうかも知れぬな。」
「そしてあなたに、あんな言葉を言わせてしまった罪です。」
「あんな言葉……?」
「……イかせて、と……」
「なっ……」
ジュリアスは真っ赤になった。
「重罪でしょう?」
「……そのようだ、な。」
「終身刑ですね。」
「……それがよかろう。」
オスカーはそれを聞いて、微笑んだ。しかし、すぐその微笑みは曇る。
「本当に……終身刑なら……いい…」
ジュリアスも、その意味をすぐに理解した。そして、逆にオスカーを抱きしめて言う。
「いや、私はどのようなことがあってもそなたを放さぬ。もし肉体(にく)が別れることがあっても、私はそなたの精神(こころ)を決して釈放はせぬ。……覚悟はよいな?」
「ジュリアスさま……」
「そなたを放さぬ……愛している、オスカー。」
この方には敵わない。そう思いながらオスカーは、再びジュリアスを抱き返した。
「俺も、あなたを離しはしませんよ。この腕から、……絶対。」
腕の中でサファイアの瞳がじっとオスカーを見つめている。オスカーは手に入れた至宝を決して離すまいと強く思う。
そう思いながら、オスカーはジュリアスの腕の中で熱いくちづけを受ける。
でも…と、再び赤毛の姫君を演じながら、諦めの悪い彼は思う。
また、いつか……。この美しく気高い人をこの腕の中で狂わせたい、と……。
二人の甘い吐息が、夜の帳の中に溶けて行った。 |