シアワセノカタチ。1
「……止みそうにありませんね…」
外を見ながら、炎の守護聖オスカーがぽつりと言った。
モノクロームの背景の中に、燃えるような緋色の髪が眩しいように感じられる。
「もっとこちらのほうに来るがいい。寒いであろう。」
「はあ……ですが、薪を探して来ないと…」
光の守護聖ジュリアスが、じっとこちらを見ているのを気にしないように意識しながらオスカーは割れたガラス窓から外を見やった。
「薪など……ここにある壊れた椅子を拝借すればよいではないか。」
そういいながらジュリアスは、目の前に倒れている椅子の残骸を掴み、ぎしぎしと音をさせながら捩った。悲鳴のような音を立てながら一本の足と本体とが離れる。
「いえ…それだけでは明日の朝までは持ちますまい。それにもしかしたら明日になってもこの吹雪は止まないかもしれない。備えあれば憂いなしと言うではありませんか。」
「だがこの吹雪の中に薪を探すことは決してよい方法とは思えぬ。いざとなれば、他の椅子やテーブルや床板を剥がしてでも構わぬではないか。家の持ち主が現れたら、あとで存分に礼をすればよい。命には代えられぬ。」
ジュリアスの口調には、譲れない強さがある。
もとよりオスカーの主張は、この場を逃れたいばかりの方便であるので、ジュリアスの言葉には到底敵うものではなかった。
「わかりました……」
仕方なく、オスカーは外を見るのをやめてジュリアスの方に少しだけ近づいた。
ジュリアスとオスカーは、女王の命によってある惑星に派遣された。
そこは極寒の惑星である。それでも民たちは何とか工夫して長い冬を過ごして来ていた。だが異常気象によって、惑星はそのままでは人が住めないほどになろうとしている。
女王は最悪、人々を移民させる準備をさせながら、何とか自力再生させるべく直にサクリアを送り込むため、光と炎の守護聖を派遣したのだ。
だがあまりの寒さに、ベースキャンプとなるべきその惑星の王立研究院の機能がストップし、ジュリアスたちは到着すべき座標を狂わされ、いきなり猛吹雪の真っ只中に放り出される羽目になったのだ。
二人はそのまま凍死するのではないかとさえ思った。だがとりあえず朽ち掛けたこの家を見つけ、吹雪をしのぐことにしたのだ。
二人はとりあえずその場所でサクリアを送り込んだ。だが宇宙や惑星に対するサクリアの効果は、そんなにすぐに現れるものではない。聖地で見ていればすぐ効果がわかる。だがそれはその惑星にとっては数日以降後のことなのだ。いつかはこの雪が止むとしてもそれは何日後のことなのか。
とりあえずここには雪そのものだけは入ってこない。
だが部屋の奥に暖炉がひとつ。あとは納戸に毛布が数枚。寒さをしのぐものはそれだけである。
ジュリアスは一生懸命椅子を壊している。
「何をしている。もう少しこちらに来ぬか。」
オスカーはそんなジュリアスを黙って見ていた。手伝わなければ、と思いながらどうしても足が動かない。
「痛っ!」
その時ジュリアスが小さく叫んだ。見ると、壊れた椅子の釘がジュリアスの指に突き刺さったようだ。
「ジュリアスさま!」
ジュリアスの指から、真っ赤な血が一条こぼれ落ちる。
オスカーは思わず慌ててジュリアスに駆け寄り、その手を取って傷口にくちづけた。
「オスカー……」
名を呼ばれて、オスカーはハッと、自分のしていることに気が付いた。
「も、申し訳ありません!ですが、もし傷口から悪い菌でも入っては……」
オスカーが見上げると、そこにはジュリアスの穏やかな顔があった。
「ジュリアスさま……」
「いいのだ、オスカー。ふふ…やっと近くに来てくれたのだな。」
オスカーは胸が高鳴るのを感じた。言うまでもなく、今までジュリアスのそばに行かなかったのはこんなときに自分の欲望をコントロールする自信がないからであった。
だが今、目の前にジュリアスがいる。
吹雪のため世間と隔離された小さな家に…たった二人きりで……。
「どうしたのだオスカー。今日のそなたは変だぞ。どこか具合でも悪いのではないか?」
オスカーは思わず顔を背けていた。ジュリアスの顔がまともに見られない。
「な、何でもありません……ええと…早く火をつけてしまいましょう。俺も手伝いますから…。」
そういうとオスカーは部屋の反対側に転がっている椅子のほうに歩いて行った。
しばらくしていくらかの椅子の残骸が出来上がった。オスカーは荷物の中からオイルライターを取り出す。
「やはりこれをもってきて役に立ちましたね。いくら俺が炎の守護聖とはいえ、まさか魔法で火を点けることが出来るわけではありませんからね。」
オスカーは、椅子を壊すと言う作業に熱中したせいか、少し緊張がほぐれたらしくくすっと笑った。
「うむ。備えあれば憂いなし、か。」
「ははは、俺にしては気が回るでしょう…なんて、自分で言っているようではダメですね……って……は…っくしょん!」
まだ火は点いていない。部屋の中は外よりはましという程度で冷え切っている。
「火が点いたらすぐ着ているものを脱いだほうが良いな。このままでは服ごと凍り付いてしまうぞ。いくら雪をはらったとはいえ、だいぶ濡れてしまったようだ。」
そういいながらジュリアスは壊れかけたテーブルの上に置いておいた毛布を眺める。
「は……服を……ですか?」
「大丈夫だ。その後はこの毛布に包まればよいではないか。まあ古くてお世辞にもきれいとは言えそうもないが、寒い土地ゆえに空気がきれいで、あまり埃は被っていないようだ。ほら、一人に二枚あたる。……何をしている、早く火を点けぬか。」
オスカーは手を止めて、立ち上がって毛布を調べているジュリアスを見ている。
服を脱ぐ……こんな状態でそんなことをしたら……オスカーはどうなるのか全く自信がなかった。
