「もうすぐそなたの誕生日だそうだな、オスカー。」
「……はっ、よ、よく御存知で、ジュリアスさま。」
「うむ。陛下がそうおっしゃっていたのだ。」
「陛下が……ですか。」
年の瀬も押し迫ったある日、ジュリアスとオスカーの会話である。
オスカーはジュリアスがなんにせよ自分の誕生日を気に止めてくれた事を喜んだ。
「……何か……欲しいものでも、あるのか?」
「はっ……?!……いや、そのような…っ」
「遠慮などするな。いつもそなたには本当にいろいろ世話になっているのだ。私の気持ちだ。何か贈らせて欲しい。」
オスカーは考える。
(俺の一番欲しいもの……)
いうまでもない。今自分の目の前にいるこの人だ。この人が自分のものになれば他には何も要らない。……だが、そんなことはもちろん言えるはずもない。
「……いえ、もう、そのお気持ちだけで十分です。ありがとうございます。」
オスカーはそう言って、ぺこりと頭を下げ、その場を辞した。
「オスカー……??」
ジュリアスはそんなオスカーの気持ちを知る由もなく、ただ彼の後ろ姿を見送った。
「オスカーへのプレゼントお〜?」
相変わらずの素っ頓狂な声をあげたのは夢の守護聖である。
「うむ…。昨夜一晩考えてみたのだが、思いつかぬのだ。……いや、思いつきはするのだが、どれもあまりよくないような気がして、気に入らぬ。オスカーと仲のよいそなたなら、なにか思いつくと思ってな。どうであろうか。」
オリヴィエは、眉間に皺を寄せてジュリアスを睨んだ。
「…仲のよい…ま、いいけどね。…あの男の一番欲しいものなら知ってるけど…」
「なんなのだ?オリヴィエ。」
「……それはちょっと言えないねえ。」
「何故だ。」
「な・い・しょ。」
「…しかたない。では、他になにか知っているか?」
「あんたの愛用のものとか、あんたとお揃いのものとか?」
「……私と?」
「まあ、あんたの心がこもっていれば、なんでもあの男は喜ぶと思うよ?」
そう言うとオリヴィエはさっさと踵を返し、その場を立ち去ってしまった。
ジュリアスは再び、後姿を見送る羽目になった。
「オスカーの……ですか?」
「そうだ。あの者が何が最も欲しいのか、わからずに困っている。もしや、そなたがなにか知らぬかと思ってな。」
「たぶん…存じ上げておりますが…。」
「そうか!」
ジュリアスは嬉しそうな顔をした。
「ですが、申し上げるわけには参りません。」
「……そなたもか?」
「は?」
「オリヴィエもそう言うのだ。何故、知っているのに教えてくれぬのだ。」
「ではジュリアスさま。あなたの一番欲しいものはなんですか?」
「……私の?」
「はい。」
ジュリアスは言葉に詰る。確かに欲しいものはある。だがそれは……。
「……言えぬな。」
「そうでしょう。子供のおねだりではないのですから。オスカーの欲しいものも、たぶんそういうようなものではないかと、私は思うのですよ。」
ジュリアスは、しばらく下を向いてなにか考えていたが、顔を上げて言う。
「わかった。すまぬな、リュミエール。自分でもう一度考えてみよう。」
リュミエールはにっこりと微笑んでいった。
「それがよろしいかと思います。ジュリアスさまが一生懸命お考えになったものなら、きっとオスカーは喜びますよ。」
「承知した。ありがとう、リュミエール。」
「いいえ。お役に立てなくて申しわけありません。」
リュミエールは会釈をして、その場を立ち去って行った。そしてジュリアスも小さく溜息をつき、その場を離れた。
そして当日。
ジュリアスとしては珍しく、彼はなにやら軽そうな紙袋持参で宮殿に現れた。なんだか目も赤く、少し疲れた顔をしている。
「おや〜?ジュリアス、あまり顔色がよくないですねえ。大丈夫ですか?」
「ん?ああ、ルヴァ。大丈夫だ。ただ少し用事をしていてほとんど眠れなかったのだ。」
「そうですか、体にはくれぐれも気をつけてくださいね〜。で、それはなんですか?あなたがそんな感じのものを持ってくるとは、珍しいですねえ。」
ジュリアスの持って来るものといえば常に書類の束、と相場が決まっていたので、それはルヴァでなくとも興味を引いた。
「いや、これは……なんでもないのだ。」
ジュリアスはそういうと、大慌てで執務室に去った。そして内側から鍵を掛けると、大きな執務机の上に紙袋の中身を広げた。
それは何やら豪華な模様の印刷された紙。上等な金サテンのリボン。小さな封筒。この中には、朝まで考えていたごく短い文章が書かれたカードがはいっている。
そして小振りの薄い紙の箱……。
ジュリアスは机の上に『ぶちまけられたもの』を眺めて大きな溜息をついた。
「……さて、どうすればよいのか……」
その日の午前中、ジュリアスの執務は臨時休業になった。
そして午後。オスカーはジュリアスの執務室に呼ばれた。
「呼び立てしてすまぬな、オスカー。」
「いいえ。ですが、ジュリアスさま!お加減はよろしいのですか?」
「……なんの話だ?」
「…いえ、何やら、御気分が優れないので執務をお休みしているらしい、と伺ったのですが。」
「だれが、そんな事を?」
「……ルヴァが…ジュリアスさまがひどくお疲れのご様子だったと…。」
「……そうか。それは心配を掛けたな。だが大事ない。午前中は私用があったのだ。」
「はあ……」
「そんな事はよい。……オスカー。」
「はい、なんでしょうか、ジュリアスさま。」
「これを。」
ジュリアスは執務机の袖から、小さな包みを出した。なんだか豪華ではあるが少しくたびれた包装紙に、少し曲がった金のリボンが結んである。
「これは?」
「今日は、そなたの誕生日であろう。」
「……では、もしかして私に?」
「そなた以外の者への贈り物を、そなたに渡してどうするというのだ。」
「は、はい……。あの……」
「なんだ。」
「この……包装は…まさか…?」
ジュリアスはむっとした顔で答える。
「私が包んだ。店で包んでもらうのでは、どうも都合が悪かったのでな。」
ジュリアスがそう言ったとたん、オスカーの顔がこわばったような気がした。
「ジュリアスさま……御自ら?」
「……そのような大げさなものではない。」
見るとオスカーはその包みを両手で捧げ持ったまま、ぶるぶる小さく震えている。
「どうしたのだ。開けて見てはくれぬのか?」
「は……はいっ!失礼致しますっ!」
オスカーは大急ぎで包みを開けようとした。だが手が震えてうまく行かないようだ。リボンはすぐに解けたが、包装紙は、なかなか思い通りに開かないようである。
「あっ!」
「どうした、オスカー。」
「包装紙が破けてしまいました!申しわけありません!」
見るとほんの2センチほど、包装紙が裂けている。
「……そんなものはどうでもよい。早く……いや、慌てずに開ければよい。」
「はい……」
オスカーの顔は真っ赤である。ジュリアスはいったいオスカーはどうしたのかと思った。
「あっ!」
「今度はなんだ。」
「いえ、ふたを落としました。」
再び見ると、箱のふたが足元に落ちている。ジュリアスはため息をついた。
「……それは良いから、中身を見てくれぬか?気に入ってもらえるのかどうか、気が気でないのだ。」
オスカーは、震える手で、箱の中から薄紙にくるまれた柔らかい赤茶色の皮の手袋と、名刺大の封筒を出した。
「これは……」
「聖地は本来あまり手袋が必要になるほど寒くはないのだが、まあ、一応冬には違いないからな。それに乗馬のときにも使えるだろう。」
「……………」
「…私も、それと同じものを買った。」
オスカーは真っ赤な顔をしたまま手袋を握り締めて呆然としている。
ジュリアスは椅子から立ち上がってオスカーの立っている方に行き、オスカーの足元に落ちている、紙箱や包装紙、リボンを拾い集めた。どうやら本体に気をとられて全部落としてしまったらしい。
ジュリアスは、机の袖から、朝持っていた紙袋を取り出し、拾い集めたものをいれるとオスカーに渡しながら言った。
「誕生日、おめでとう。オスカー。」
「……ありがとう…ございますっ…」
「……気に入ってくれたか?」
「も、もちろんです!このオスカー、一生、大切に致します!」
「……そ、そうか。まあ、よい皮ではあるから、大事にしてくれれば長く使えると思うが…一生は無理かも知れぬがな。ぜひ使ってくれ。しまい込んだりせぬようにな。」
オスカーは手袋とカードを掴んだまま俯いている。
「オスカー?」
オスカーに紙袋を押しつける恰好になったジュリアスの手の甲に、温かな雫が落ちる。
「どうした、オスカー。何故…泣くのだ?」
「…………っ…」
「……どうした。泣くほどのことか、オスカー。」
「ジュ……リ…っ…」
オスカーは答えることができないようだ。ジュリアスはふと思ってしまった。
(…もしかして、オスカーの一番欲しいものというのは……私の…?)
だが、それ以上考えないようにして、ジュリアスはオスカーの肩を抱いた。
「いつも、すまぬ。そなたの働きには、このジュリアス、本当に感謝しているのだ。これからも、よろしく頼むぞ。」
「…はい……っ」
ジュリアスはオスカーが泣き止んで顔を上げるまでそのまま肩を抱いていた。
その晩はやはり、宮殿でオスカーの誕生日のお祝いが催されたが、当のオスカーは夢うつつの状態で、パーティは主役とは関係のないところで盛り上がっていた。
「うふふ〜♪オスカー、よかったね〜。おめでと。」
「その様子ですと、どうやらあの方はとてもよい選択をなすったようですね。」
「うふふ、リュミちゃん。ドリームはいってるんだからだからほっといてあげよ♪」
「そうですね、オリヴィエ。」
その晩オスカーは、手袋とカードを抱きしめるようにして眠った。
カードに書かれていた短い言葉を、もちろんオスカーはもう暗記している。
――心よりの感謝をそなたに贈る。愛を込めて。ジュリアス――
おしまい
なんかもう、書いててオスカーが可愛くって、抱きしめたくなっちゃいました。
キーワードは、「罪滅ぼし」と「小さな幸せ」です。
オスカー、いつもごめんね。いい夢見てねっ。……しかし、健全だなあ。(爆)
それともうひとつ。ジュリアスさまの一番欲しいものは
御想像にお任せします。(ここじゃ書けないの〜)