オヤスミ、オスカー



何故だろう。ずいぶん頭が痛い。


「まったく、あの者にも困ったものだ…」
ふうっ、といつもの溜息と共に、聞き慣れた台詞を聞き慣れた声で聞く。
「いつの間にかまた姿をくらましたそうではないか。あの男は守護聖と言う立場をなんと心得ているのだッ!」

何遍聞いたかわからない台詞。今、あの方の頭の中はあの闇の守護聖のことでいっぱいなのだ。軽い眩暈のような感覚で訪れる…それは嫉妬と言うべき感情か。

「…カー…。オスカーっ?」
「はっ…はい、なんでしょうか、ジュリアスさま。」
「すまぬが、クラヴィスを探して来てくれぬか。見つけ次第、引き摺ってでも陛下のもとに連れて行って欲しい。」
「……は、はい。承知いたしました。」

ジュリアスさまも無茶を言う。もし俺にクラヴィスさまが見つけられたとしても、あの方は俺が力ずくで引っ張って来られるような人ではない。さっさと拒否されて、それで終わりだ。クラヴィスさまなんて放っておけばいいのに。俺は思わずそんなことを考える。

「頼んだぞ。」
「はいっ、ジュリアスさま。行って参ります。」
「うむ。いつも無理を申してすまぬな、オスカー。」
「いいえ、お安い御用です、ジュリアスさま。」

嘘をつけ、オスカー。俺には無理だ、俺はイヤだ、と何故言えんのだ。
……言えるわけがない。俺がジュリアスさまに嫌などと言えるわけがないのだ。ジュリアスさまはそんな俺を知ってか知らずか…いや、違う。ジュリアスさまは俺を信用してらっしゃるのだ。だからこそ難しいことを俺に頼まれるのだ。

ジュリアスさまはいつの間にか執務机の上の書類に夢中になっていた。もう俺を見ていない。今はおおかた陛下のことでも考えていらっしゃるのだ。

クラヴィスさま。
女王陛下。
このお二人のことでこの方の頭はいっぱいだ。
俺の入る隙間はない。

(壊シテヤル…………。)
何を考えているんだ、オスカー。
(何モカモ、メチャメチャニ壊シテヤル…。)
ジュリアスさまに何をするつもりだ。
(アナタヲ、メチャメチャニ…)
俺の手が書類に見入っているジュリアスさまの肩に伸びていく。
(ソノ美シイ身体ヲ…)
やめろ。
(コノ手デ汚シテヤル…!)
その手を伸ばすのをやめろ。


そうして、俺は夢から覚めた。俺の頭と身体はぐったりと疲れている。
ああ、汗がびっしょりだ。まったく、いやな夢だった。
だが俺は本当にこんなことを考えているのだろうか。

いや、俺は心からジュリアスさまを尊敬している。

ジュリアスさまと陛下のことを心から祝福している。

ジュリアスさまとクラヴィスさまは幼馴染みなのだ。他の守護聖とは違う。

あれは夢だ。夢の中だけの俺の勝手な妄想。
(ナゼ、妄想ナンカ…)
俺の作り上げた仮定の物語。
(ドウシテ、ソンナ仮定ヲ思イツクンダ?)
本当に愛する女性でも出来れば自然に忘れるさ…。

そうだ。俺は今一つうまく行かない。どんなお嬢ちゃんとも。
(誰ニ対シテモ、本気ニナレナイカラサ。)
いや、そうじゃない。俺の愛が多すぎて、一人に絞れないからさ。
(本当ニ好キナノハ、ドノオ嬢チャンデモナイカラナ。)
違う、そうじゃない。俺は…!

ああ、頭が痛い。
吐き気がする。


「気分はどうだ?オスカー。」
俺は結局そのままベッドから起きあがれなかった。執務を休んだ俺を、ジュリアスさまはわざわざ私邸まで見舞いに来てくださった。
「はッ、申し訳ありません。」
ジュリアスさまは厳しい顔で言われる。
「返事になっていないな。」
「……申し訳ありません。大丈夫です、ただの風邪でしょう。」
「聖地にいて、なんで風邪などひくのだ。困った奴だ。おおかた、外界から貰って来たのであろうな…遊びまわるのも大概にするのだぞ。」
「申し訳ありません。」
気がついたらさっきから同じ台詞しか言っていない。ジュリアスさまはさすがに呆れたのか、苦笑いをなさった。
「そなたは謝ってばかりだな。まあ良い。ゆっくり休んで治せ。私もそなたを調子に乗って使いすぎたのかも知れぬ。本当に、いつもわがままを言ってすまぬな。そなたを本当に当てにしているのだ。体には十分注意するのだぞ。そなた一人の身体ではない。」
「はッ、申し訳ありませんッ!」
また謝ってしまった俺にジュリアスさまはついに声を出して笑った。
「分かった、分かった。そなたはもう十分反省しているようだな。執務のことは心配せずとも良い。ゆっくり寝ていろ。また夕刻に参るのでそれまでは安静にしているのだぞ。良いな。」
「はいっ、申し訳…」
さすがに俺はそこまで言ってやめた。ジュリアスさまは笑いながら部屋を出ていかれた。
ああ、まったく俺ってヤツは…。


「本当に、いつもわがままを言ってすまぬな。そなたを本当に当てにしているのだ。」
(ジュリアスサマ、本当ニ俺ノコトヲ…?)
「いえ、ジュリアスさまのためでしたら全然苦になどなりません。もったいないお言葉です。このオスカー、身を粉にしてでもあなたのお力に…」
「体には十分注意するのだぞ。そなた一人の身体ではない。」
(待テヨ?コノ台詞ハドコカデ…)
「はッ。」
「私にとってもそなたの身体は大切なのだ…。」
(オカシイ…。)
「ジュ…ジュリアスさま…。」
「そなたにもしものことがあったら、私は…」
(オカシイ。コンナ…オイシイ…展開ニナルハズハ…)
「ジュリアスさま、俺も…っ!」


「なんだ。」
「は…?」
ジュリアスさま?
「今、私の名を呼んだではないか。」
なんだ?あれ?ああ、俺、また眠っちまった…?
「えっ?あ、いえ、あの…ゆっ、夢を見ていましたッ…あ、ジュリアスさま、まだいらしたのですか?」
「まだ、とは御挨拶だな。ふふ、もう夕刻だ。また参ると申していただろう。その分だと良く眠れたようだな。顔色もだいぶ良いようだ。良かったな。」
ああ、夢だったのか。そうか。そうだよな、あんなことは…。
「ありがとうございます。御心配をお掛けしましたが、もう大丈夫です。明日から執務に戻れます。」
「そのようだな。だが、念のためもう一日ほど休んではどうだ?」
「いえ、御心配には及びません。もう一晩眠れば絶対大丈夫です!」
俺は照れ隠しも加わって、自然に大声になっていた。
「わ、分かった。そう怒鳴らずとも良い。だが、おまえ一人の身体ではない。おまえは宇宙に欠かせないたった一人の炎の守護聖なのだからな。それを忘れるな。良いな?」
「は、承知しております。」
「これからも摂生を忘れるな。夜遊びも酒も程々にするのだぞ、わかったな。」
「はい。精進いたします。」
「うむ。では私はこれで帰る。また明日、朝議の折に、な。」
「はいっ、わざわざありがとうございました。」


はあ。お帰りになったか。まったく焦ったぜ。ジュリアスさまがあんなことおっしゃるわけはなかったのだ。そう、俺は炎の守護聖。宇宙でたった一人の。
(デモ少シ残念ダッタナ…)
いや、体調が悪かったからな。熱に浮かされてみた夢だ。気にする事はないさ。
(デモ、本当ダッタラヨカッタノニナ…。)
冗談じゃない。あんな辛い夢はもうたくさんだ。
(……本当ニソウナノカ?オスカー。)
そうだ。俺の気持ちは。
俺の本当の気持ちは。

目覚めればまた、葛藤の一日が待っているのはわかっているけれど。
俺は眠った。今度こそ夢も見ずに。

(オヤスミ、オスカー。)


おしまい




…おどおど。初のオスジュリなんですが、いかがなもんでしょうか。
きっとオスジュリストのかたには受けが悪いだろうなあ。多分、クラ
ジュリストだけどオスジュリも好きって人向け。ゴメン、オスカーを
そういう意味では幸せに出来ないよ、私。でも…? (monaca)