おかしい。今日は朝からどうも体の調子がおかしい。何か腰……と言うより下腹部だが…にとても違和感がある。歩行に差し支えるほどだ。
だいたい私には昨夜からの記憶がない。オスカーに呼ばれて酒を飲んだことまでは覚えているのだ。だがそのあとの記憶がまったくない。私は今まで記憶をなくすまで飲んだことなどなかったのだが…。
しかもオスカーの話によれば夢精をしたと言う。これも今までなかったことだ。
…いや、まだ思春期の体ならともかく…この年になって…。
確かに夢を見たような気はする。淫らな夢かと言われればそうかもしれない。だがそれすらも良く覚えていない。ずっと寝ていたとは思えないほど疲労も残っている。
何故なのだろう。……馬車の中でも座っていられないほど腰…が痛かった。
どうも変だ。釈然としない。なにか私はとんでもないことを忘れているのではないだろうか。ああ、腰が痛い。……いや、痛いのは腰などではないのだ。……。椅子に座っているのも辛いほどだ。


「オスカーはまだ来ていないのか?」
昼前になってもオスカーの姿を見ないので、私はたまたま出会ったリュミエールとランディにそう尋ねた。
「まだのようですね。わたくしも朝から姿を見ておりませんし…」
「オスカーさまなら、さっき使いの人が来て気分が悪いから休むって連絡があったって聞きましたけど?」
「まことか?ランディ。だとしたらなにがあったのであろうな。」
「そう言えば昨日もなにやら落ち着かない様子でしたけれど…」
「いや、リュミエール。実は私は昨夜オスカーに呼ばれて邸に泊まっているのだ。朝も特におかしなところはなかったような気がするが…まあ、そう言えばあまり顔色は良くはなかったような気がするがな。私は一度邸に帰ったので後の事はわからぬが。」
「ジュリアスさまが呼ばれたってことは、お酒をのんだってことですよね。じゃあ、わかった。二日酔いだ。ジュリアスさまの前ではカッコつけてたんですよ。」
「……そうかも知れぬな。承知した。後で様子を見に行ってやろう。」
「あの…昨夜はただお酒を飲まれただけなのですか?」
「……何故そのようなことを訊くのだ?リュミエール。」
「なんとなく…昨日のオスカーの様子が…気になるのです。昨日は何を言っても、心ここにあらずと言うようすで…いつもジュリアスさまをお招きした日は、確かに嬉しそうではありましたけれど、あのようなことは…今になってみれば何か思うところがあったのでは、と……そんな気が致します。」
「………わかった。邸に行って使用人のほうにもそれとなく様子を聞いてみよう。」
リュミエールの言うことがばかに気になる。私のなくなっている記憶と何か関わりがあるような気がしてならぬ。





先ほどから体が変だ。どうしたのであろう。熱いような…気がする。
……この感覚には何故か…覚えがある。昨夜…そうだ、昨夜……このような感覚に囚われたような……気が…する。
ああ…気分が悪い…いや、この感覚は…そうではなく……
「どうなさったの、ジュリアス?」
そうだ、陛下の御前であった。……しかし…このままでは…
「いや…なんでもありません、陛下。」
「顔が火照っているわ……熱でもあるのじゃないかしら…大丈夫?」
陛下の手が伸びる。いけない。今陛下が手を触れたら私は…。
「大丈夫です。申し訳ありませんが急用を思い出しました。これで失礼致します。」
私は大急ぎで陛下…アンジェリークの手を逃れた。こうでもしなければ自分が彼女に何をするのか見当もつかない。とんでもないことをしてしまいそうな気さえする。
そうだ……私は今肉欲に囚われているのだ。


どうすればいいのだ……。この苦しさから逃れるには…。
思わず股間に手が伸びるのを必死に堪えている。
……自慰など…するわけにはいかぬのだ…この私が…。
ああ…だが…たまらぬ。
しかしアンジェリークを抱く気にもならぬ。
こんな釈然としない気分のままで彼女を抱けば…彼女を汚してしまう…そんな気が…する。
熱い…ああ…どうすれば良いのだ…。
オスカー…もしや…そなたのせいなのか…?





「オスカーはいるか!」
私は必死の思いで欲望を堪え、オスカーの邸に行ってそう呼ばわった。
「は、はい。ですが今日はお部屋から出てらっしゃいません。」
「……そうか。ところで、昨夜はそなたたちはどうしていた?」
「は、あの…私はオスカーさまの御用時で外出しておりました。」
「私はお暇を頂き外泊を致しました。」
…聞けば、昨夜この邸にいた使用人は一人もいないという。私はある確信をした。
「わかった。では、主に代わってそなたたちに命じる。今宵もどこかで外泊するように。行く所のないものは私の邸でも構わぬ。家の者にそう伝えてくれれば良い。」
そう言って、人払いをしてから私はオスカーの部屋を訪ねた。
何が起きるか自分でもわからぬ。使用人はいないほうが良い。
「オスカー!私だ。今日はどうしたのだ。早くここを開けろ!」
予想通りオスカーの部屋は錠が下りている。私は何度もドアを打ち鳴らした。
「オスカー!ここを開けるのだ!」
答えはない。居留守を使っているのはわかる。オスカーのサクリアが強く感じられる。
「オスカー!あ……開けてくれ!…ここを開けて…くれっ…」
次第にあの欲望が甦って来た。先程までは人前と言うことで治まっていたらしい。だがここに至ってもう抑えるものはなくなってしまった。
「オスカー……っ!!」
もう立っていられぬ。下半身の疼きは痛いほどだ。
私の呻きにも似た叫びが聞こえたのか、奥の部屋から人が出てくる気配がする。
「ジュリアスさまっ?!」
ドアが開いて、オスカーが顔を出す。
「オ…スカーっ…もう…っ」
私はその場にうずくまってしまった。だが私はいったいオスカーに何を求めているのだ?
「もう…辛抱が…できぬ…私を楽に…してくれっ…そなたの手で…っ」
私の口から思いもよらぬ言葉が飛び出す。私はオスカーの胸の中に倒れ掛かるようにして救いを求めた。自分で処理することも、彼女を抱くこともできぬとすれば…もうこれしか方法が考えつかぬ。今は、もう…。
「ジュリアスさま、いったいどうなさったのですか…まさか…?」
私は答えることもままならず、オスカーの腕の中でただ喘いでいた。
「ジュリアスさま…」
「苦しい…のだ…っ…もう…そなたが…何をしたのか…知らぬが…責任を…取れっ…」
やっとの思いでそう言うと、オスカーの手がその言葉に導かれるよう私のそこに伸びた。
「ああっ…!」
息が止まったような気がして、私はそのまま…


「ジュリアスさま…ジュリアスさま、聞こえてらっしゃいますか?」
オスカーの声だ。私は目を開いた。いったいどれほど意識を失っていたのか。
「ああ…大丈夫ですか…?しっかりしてください。」
見るとまだドアのところにいる。ほんの一瞬だったのだ。まだ疼きも止まっていない。
「オスカー…ああ…あ…」
「……申し訳ありません、ジュリアスさま。すべて私の責任です。とんでもないことをしてしまいました。どのようなことをしても償えるものではありませんが、今は、ジュリアスさまをお救いするために全力を尽くします。…お任せくださいますね?」
「あ…ああ、…任せ…る…」
「こちらへ…」
私はオスカーの肩を借り、彼の導くままに部屋の中に入って行く。
「バスルームでよろしいですか…?あの、灯りは…点けませんので…」
もう…なんでもいい。私は頷いた。
オスカーは部屋の灯りも常夜灯一つにしたようだ。
「ではこちらへ…お召し物をお取りください…汚れてしまいます…。」
オスカーの助けを借り、私は服を脱いだ。その部分が恥かしいほど硬く張り詰めているのがわかる。オスカーはバスルームに私を導いた。窓から差し込む月の光より他に私たちを照らすものはない。
「ジュリアスさま…どうしてこのような…」
「知らぬ……そなたの方が…よくわかって……っ」
「……そう…ですね。きっと…ジュリアスさまのお体に合わなかったのですね。
…ええ、私は一服盛りました…昨日の酒に…。もう、お気づきでしょう?」
そうだ…。それ以外に考えられぬ。だが、どうでもいい。早く…
「早く…ああ…早く…っ」
「わかりました。」
オスカーは私のそれをいきなり握って強く扱きはじめた。体に電撃が走る。
「くっ!…ああ…あっ」
もう、何も考えられぬ。もう…言葉を制御することも…出来そうもない。
快楽と苦痛が入れ替わり私を襲う。
「あ、ああ…あっあ…」
もう…考える力も…
「ジュリアスさま…俺も…もう…」
何を…言っているのだ…?
「もう、我慢が…お許しくださいっ!」
突然、私の……中に…そうだ…ここが…っ…ああ…
「うあ……ああっ」
痛い…苦…しい…だが…もう…
「ジュリアスさま…あいして…います…っ」
「あ、あ、ああ…あ…」
いたみが…とおくに…わたしは…いま…どこにい…る…
「ジュリアス…さまあ…っ!」
「あ…あ、あ、…あ……っ」
いま…どこに…





つきのひかり。
…なぜなのだ…せなかがいたい…。
せなかが…床に…?
そうだ、私は床に寝かされているのだ。
私は上体を起こした。いや、起こそうとした…が…
「くっ!」
腰が…いや、あの部分が痛む。そうだ…確か…私は…。
今度は覚えている。全て思い出した。体の求めるまま、オスカーに全てを任せて快楽に身を委ねたことを。…快楽…そうだ。苦痛を取り除くと言うことはそう言うことなのだ。
私は理性を取り戻し、欲望に身を置いた自分を恥じた。だが、仕方がない。この恥は恥として、罪は罪として、受け入れなければならない。まさか死んで詫びると言うわけにも行かないのだし、そんなことをしても何も償ったことにはならないのだ。
そこまで考えて、私は気がついた。オスカーは?オスカーはどうした?
まさか……?
ひどい胸騒ぎに私は這うように、寝かされていたバスルームを出た。
「オスカー!オスカーはどこだっ!返事をしろ!」
よろめきながら寝室のドアを開けて、明かりを灯す。
「オスカーっっ!」
血まみれの寝台にオスカーが横たわっていた。
右手に剣を、左手に金の髪を数本握り締めながら…。





「ジュリアス?」
また眠ってしまったらしい。眠るどころではないのだが、体が辛くて起きていられないのだ。ルヴァが長椅子に横たわる私を覗き込んでいる。
「ジュリアス、大丈夫ですか?」
そうだ、大事なことを…っ
「オスカーはっ?!」
「ええ、なんとか危機は脱しました。やはり体が丈夫ですからね。それに運のいいことに奇跡的に傷は心臓を逸れていましたのでね。」
「そうか…よかった…」
「ですから、ジュリアスももう少し横になっていてください、ね?」
「ね、じゃないでしょ、ルヴァ。あんたも一杯血を採ったんだから休みなさいって。あとは私たちでやるからさ。ジュリアスもこんなとこじゃなくベッド借りて寝たほうがいいんじゃない?…って言ってもきっと聞かないか〜。じゃ、上掛けだけ持って来るからね。」
「…オリヴィエ…済まぬ。」
「あ〜、じゃ私もお言葉に甘えて休ませてもらいますね〜。隣の部屋、使いますよ〜。」
ルヴァがそう言って部屋を出ていく。そうか…ルヴァはオスカーと血液型が確か同じだったな。なのに私は…こんな時なんの役にもたたぬのか……。
「ジュリアス。あんたのせいじゃないって。あんただってその体で自分ちまで助けを呼びに行ったじゃないか。馬に乗るの辛かったでしょ?……まあ、何があったのか……深く追究はしないけどさ、ど〜せ、またあのファイヤー男が自爆しただけなんだから。ま、生きてて良かったじゃない。…殺しても死なないとは思ったけどさ。」
「だが…私は…オスカーを…今まで…」
そうだ。今まで私はオスカーを、信頼すると言いながら都合良く使っていただけに過ぎないのではないのか?オスカーが私を慕ってくれるのを良いことに、利用していたのに過ぎないのではないのか?
そう言う性癖をオスカーが持っていたことは知らなかった。
いや…確かに昔は気づいていなかったが…今は…?
オスカーの目。気がつけば私を見ているオスカーの目…。
それは…今ならわかる…恋する者の目だったのだ…。私は…気づいていたはずだ。認めたくなかっただけなのだ。
オスカーが私に恋をしていると言うことを。
「ま、あまり難しく考えるのはよしなって。大丈夫、時が解決するって、多分ね。」
オリヴィエはそう言って再びオスカーのいる部屋に入って行った。





そうだと良い。本当にそうだと良いのに。
私は流れる涙を拭いもせず、そう祈るばかりであった。


end