BITTER SWEETS*1


女王候補アンジェリーク・リモージュが、苦手とされていた光の守護聖ジュリアスを『克服』してからというもの、アンジェリークの育成する大陸、エリューシオンは発育不全が一転、みるみる急速な発展を遂げていく。
もともと勇気、知恵、豊かさ等は十分だったので、光のサクリアが十分行き渡ることによって、向上心が生まれてきた。更に、ジュリアスを克服したことで、アンジェリーク本人にも果敢なチャレンジ精神が生まれてきたらしく、ほかに近寄り難かった、闇と鋼の力も徐々に使いこなせるようになってきたためである。
育って来ればそれは本当に楽しいもので、アンジェリークは俄然やる気を見せ、エリューシオンはどんどん文化が発展し、民の生活も潤ってきたというわけである。

しかし育ったなら育ったで困ることはあるわけで、あまりに急速な発展を遂げた彼らは多少調子に乗りすぎた。炎のサクリアはアンジェリークに自発的に近寄ってくる炎の守護聖によって足りていたし、それに勇気と誇りと知恵と器用さが充実してくると、彼らは身を護るには多すぎる数の武器を作り始めたのである。

「困ったものだな……」
執務室で王立研究院からの報告を受けながら、ジュリアスはため息をつく。
「……すみません…」
呼び出しを受けたアンジェリークも、しゅんとうなだれて言う。
「いや、そなただけのせいではない。いくら成長するからと言って、調子に乗って急激に発展させすぎたのだ。我々の監督不行き届きだ。」
そう言って、ジュリアスは近くに控えていた一人の研究員に言う。
「すまぬが、オスカーを呼んで来てくれ。」

まもなく、ドアが開いて燃えるような赤い髪の青年が入って来た。
「お呼びですか、ジュリアスさま。…おや?お嬢ちゃんもご一緒ですか。」
炎の守護聖オスカーは、部屋の中にいるアンジェリークを見て取るや、すかさずそのアイスブルーの瞳を片方だけ閉じて、金の髪の女王候補にウィンクを投げる。
ジュリアスはそのオスカーの油断も隙もない行為を見咎めて、軽く咳払いをした。
「…呼び立てしてすまないな、オスカー。まずはこの報告書を見て欲しい。」
ジュリアスは数枚綴りの書類を挟んだバインダーをオスカーに渡す。

オスカーはそれを受け取ると怪訝そうな顔をしてしばらく読んでいたが、やがて顔を上げてアンジェリークをちらりと見ながらジュリアスに言った。
「ジュリアスさまは俺のサクリアが過剰だと、そうおっしゃりたいのですか?」
「過剰、というわけではない。だが、これ以上炎のサクリアを送り続けることは、今はとても危険だと言っているのだ。」
「確かにエリューシオンの状態はあまり穏やかだとは思えない。ですが、人が文化を持って暮らしていく以上、多少の争いは避け得ない。でしたら、この程度の武器製造の増加はやむを得ないのではないですか?」
「だが、このまま放って置けば、いずれ戦が始まってしまうと予想されるのだ。」
「お言葉ですがジュリアスさま。それはエリューシオンの民を甘やかしていることにはならないのですか?」
「なに?」
「ある程度の争いは文明の発展には必要です。今までだって、戦争もせずに発展した文明は聞いたことがない。あまり大きな戦いにならぬうちにやめさせることは大切でしょうが、今この発展を止めることは他の文化の成長をも止めてしまう、そうお思いにならないんですか?」

アンジェリークは驚いた。今まで、オスカーと言うのはジュリアスの言うことは何でも素直に聞いている、そんな印象が大きかったからだ。だが今のオスカーは、事の正誤はともかく、ジュリアスに対して一歩も退こうとしない。

「そなたの言うことにも一理ある。だがオスカー、それでも戦というものは避け得るなら避けねばならぬ。それが我らが女王陛下と我々守護聖の務め。たとえそれがために文化の発展が多少遅くなろうとも、民たちがみすみす戦で尊い命を失って行く様を、我々が見過ごしてしまってよいものか。始まってしまったものは仕方がないと言うことも言えよう。だがまだ幸いにして戦にはなっておらぬ。未然に止め得るものなら、我々は力の限りこれを阻止しなければならぬのだ。それがわからぬのか?!」
「ですが、我々がどのようにしても、争いは起こるべくして起こってしまうもの。それは今までの国々、星々の歴史が物語っております。でしたらせめて武器があれば、彼らの被害は最小限度にとどまるのではないですか?武器と言うものは戦うためだけでなく、お互いを牽制するためにも存在するのですよ!」
「だが彼らのほうから仕掛けたとしたらどうする!」
「だとしても仕方のないことです。子供だってけんかを売ったり買ったりして、その痛みを教訓にして成長するのではないですか!」
「子供のけんかと大人の戦とは違う!そのようなものに譬えられることではない!」

アンジェリークはどうしていいかわからなかった。
(このお二人が言い争いをするなんて。しかも私の育成しているエリューシオンのために……。お二人とも真剣にエリューシオンのことを考えてくださっている、それはとてもよくわかる。でも……。)
アンジェリークの目から思わず涙が零れた。
「お二人とも……お願いです…、やめてください……」
二人は同時にアンジェリークを見た。
「アンジェリーク…?」
「お嬢ちゃん…、どうした」
「お二人がエリューシオンのことを真剣に考えてくださっているのはわかります。でも、そのためにお二人が争われたら、私……」
アンジェリークは堪らず泣き出した。
「アンジェリーク……っ」
「お嬢ちゃん、俺たちは……」
ジュリアスとオスカーは顔を見合わせた。ジュリアスがふうっとため息をつく。
「どうやら、肝心のことを忘れていたようだな…」
「そうですね。エリューシオンの事を彼女抜きにして話し合うべきではなかった。しかも言い争うなど言語道断…、お嬢ちゃん、すまなかったな。」
「エリューシオンのことは、これからそなたも含めて皆で話し合って考えていこう。そなたが最も望み、そして民のためになる解決法を考えねば、な。」
「ジュリアスさま……オスカーさま…」
「ああ、泣くんじゃない。可愛い顔が台無しだぜ。」
「オスカー、そなたこういうときくらいはまじめに喋れないものか?」
「ジュリアスさま。私はこれでも大まじめですが…?」
「……うむ、そうか……。……それでは冗談はさておき、皆を集めて善後策を話し合うこととしよう。よいな、アンジェリーク。」
アンジェリークは、今度は目を真ん丸くした。そして涙を拭うとくすっと笑った。
「はい、ジュリアスさま、オスカーさま。」
オスカーは、ジュリアスに冗談呼ばわりされて少しふて腐れていたが、アンジェリークの言葉にすかさず反応してウィンクをして言った。
「じゃあ、早速みんなを集めて来よう。よろしいですね、ジュリアスさま。」
ジュリアスは再び咳払いをしつつ、よろしく頼む、と言ってオスカーを送り出した。


そんなことがあってから半月ほど。他の守護聖たちの協力もあって、エリューシオンの状態も安定してきた。結局うまくサクリアのバランスをとって、戦いを起こさずに技術の発展を導くことができたのである。
そんなある日、女王候補寮のアンジェリークの部屋にオスカーが現れた。
「おはよう、お嬢ちゃん。」
「あ、おはようございます、オスカーさま!」
「ん、今日も元気がいいな。ところで、もしよかったら、今日はちょっと俺に付き合ってくれないか?とりあえずエリューシオンの調子もいいみたいだし、たまには息抜きをしないと疲れちまうってもんだぜ。」
「あ、えーと、はい、ご一緒します!」
「おっ、元気な返事だな。それでこそ俺のお嬢ちゃんだぜ。」
アンジェリークはくすくす笑いながらオスカーの後についていった。


「うん、いい天気だ。まるでお嬢ちゃんの笑顔みたいに爽やかな一日になりそうだぜ。」
「で、どちらにいらっしゃるんですか?オスカーさま。」
「ん?ああ、……こら、そう笑うんじゃないぜお嬢ちゃん。俺の言っていることはそんなに可笑しいのか?」
「ふふ、いいえ、ただオスカーさまって本当にマメなかただなあ……って思って…。」
「別に、俺は……まあ、いいか。とにかくこっちだ。」
オスカーは自分の甘い台詞に予想通りのリアクションが来ないことに少々気落ちしながらも、めげずにアンジェリークを玄関先に連れて行く。そこには、馬が二頭つながれている。
「まあ、可愛い子馬。」
今度はいいリアクションだ。オスカーはよしよしと心で頷きながら、その馬の背中の鞍をぽんぽんと叩く。
「ああ、でもそいつはもう子馬と言うほど幼くはない。もう人を乗せることもできるんだぜ。そうだな、お嬢ちゃんより少し若いくらいの年頃だ。」
「まあ……。で、この馬もお嬢ちゃんなんですか?」
「ん……?…ああ、そうだ…。可愛い盛りの馬のお嬢ちゃんだぜ。」
「うふ、本当だわ。こんにちは、えーと……」
「名前か……?エレインだ。伝説の美女の名前なんだがな。似合うか?」
「ええ、素敵な名前ですね。こんにちは、エレイン。私はアンジェリークって言うのよ、よろしくね。」
オスカーはそんなアンジェリークを見て、思わず目を細めた。

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