セイランは渾身の力をこめてアリオスを振り切った。
「いやだって言っただろう!」
アリオスは両手を広げると、ため息をひとつついてこう言う。
「わかったよ。クッ、ずいぶんと身持ちが堅くなったもんだな。まあ、おまえもひでぇ目に遭ったみてえだから仕方ねえか。まあせいぜい、気をつけるんだな。早くテントに戻ったほうがいいぜ。また誰かに襲われても知らねえぞ。」
「ご忠告ありがとう。気をつけるよ。」
セイランは確信こそ持てないが、それ故に大きな不安を抱いたままテントに戻って行った。


(どうしよう……。ジュリアスさまかリュミエールさまに相談した方がいいんだろうか…でも…そんな突拍子もない事を話したって信用してくれるものだろうか…。)
どうやら、アリオスは戻ってこないようだ。またどこかに行ってしまったのだろう。
セイランは熟考した。そして意を決してジュリアスを揺り起こした。
「お休みのところ申しわけありません、ジュリアスさま。」
「……セイランか。どうした。なにかあったのか?」
「大事な……お話があるんです。」
ジュリアスは起き上がると、ケープを羽織りながら言った。
「了解した。外で聴こう。」
ジュリアスとセイランは次第に空が白んで来たテントの外に出た。
「話とはなんだ、セイラン。」
「……僕は…偽守護聖全員に会いました。もっとも最後の二人は顔も見ていないけど…」
「…最後の二人というのは私とリュミエールの会った二人だな。」
「そうです。」
「それで…それがどうかしたのか?」
「…あともう一人…僕を抱いた男がいるんです。」
「なんだと?」
「その男は、だれの偽者でもなかったんです。それでもどこかで聞いたような声で…僕はずっと気になってたんです。」
「そうか……それで、その男が誰か思い当たったというのか?」
「はい……でも…」
「なんだ?」
「視力が弱っていたので、顔はほとんど見えてなかったけど、でも髪の色なんかはわかったんです。だからお二人が助けに来てくれたときもわかったし…。」
「…それで?」
「……その男は、黒髪でした。顔半分を覆い隠すような…長さは僕とあまり変わらないくらいで、でも揃ってはいなくって…」
「…すると……うむ…アリオスのような、といったところか……」
その名がジュリアスの口から出た瞬間、セイランは目に見えるほどびくっとした。
「どうした、セイラン……?…まさか……だが…アリオスは銀髪だ……」
「……ええ……だけど……」
ジュリアスは記憶を確かめるように言葉を続ける。
「……そう言えば…あの者はいつも…いや、一日に必ず…一度か二度は別行動を取ったな……元々は素性の知れぬ者だから…気にはなっていたが…まさか…そのような…」
「ええ…確信なんかありません…僕の勘だけです…だけど…」
「声は……」
「ふた声ほどしか聞いてません。でも……普段の声とは全然違うようだけど…でも…」
「……確信がないのなら、軽はずみな事はできぬな……だが、そなたの勘の鋭い事は承知している。このまま聞き流すわけにもいかぬであろう。……わかった。私とオスカーとリュミエールの内の誰かがあの者から離れぬように行動するようにしよう。とりあえず、それでよいな?」
「……はい……」
「無理もないが…顔色が悪いな、セイラン。まあ、あまり眠るのに適した環境とは言えぬが…これからテントに戻って、少しでも横になるのだ。よいな?」
「…わかりました。」

セイランはテントの中で横になりながら思いを巡らせる。
(どうして、抱かれたときに気がつかなかったんだろう。)
あの状況で、そんな冷静な判断が出来なかったのは無理もないのだが、セイランはあの謎の男がアリオスであったという核心がますます強くなって来ているのに気がついた。
(そして、あの場所にアリオスがいるということが…どういうことなのか…)
そこまで考えたとき、テントの入り口の幕が開いたような音がして、セイランはびくっとした。慌てて首をそちらに向ける。ジュリアスだ。
「…すまない。驚かせてしまったようだな。あの者はまだ戻らぬようだが、今ここで何をするわけでもあるまい。とにかく、眠っておけ。無理にでも目を瞑るのだ。よいな。」
「……はい。」
ジュリアスはテントの奥に行って、誰かと話しているらしい。どうやら、オスカーとリュミエールのようだ。
セイランは少し安心したと同時に猛烈な眠気に襲われて、そのまま眠りに落ちていった。

気がつくと、セイランの体は暗闇の中で浮かんでいる。
両腕も、両足も、首さえも自由が利かない。魔性の気配がする。
そしてその体のあちこちを蛇のような感触で何かが這い回っている。
その不快感に、思わず声を上げようとするが、何故だろうか、声が出ない。
(いやだ…助けて……誰か…リュミエールさまっ!)
力いっぱい腕を伸ばそうとする。声を出そうと力を込める。
「あ……ああっ…」
「セイラン!」

強い力で手首を掴まれると同時に、セイランの周りの闇と魔性の気配は雲散霧消した。
「どうした。また悪い夢でも見ていたのか。」
眩しい。その黄金の豊かな髪の色も、白皙の肌も、その生まれながらにして持つ属性も、何もかも眩しい。ジュリアスである。
「……ジュリアス…さま…」
「大丈夫か。もう朝だが、起きられそうか?」
周りを見ると、確かにテントの中は外から差し込む陽の光ですっかり明るくなっている。
それにもうセイランを除く誰もが床を上げて外に出てしまっているようだ。
「起きられるか?」
「……は、はい…」
セイランはジュリアスに支えられ、何とか上半身を起こした。体がひどく重い。
「アリオスは戻ってきているが、昨夜言ったように、オスカーたちが見張っている。とりあえず大丈夫だ。そなたは今日は休んだほうがよいな。外の日当たりのよいところでゆっくりしていればよい。まあ、無論村の見張りも兼ねて、だがな。」
ジュリアスは軽く微笑みながらそう言った。
「いえ、あの……っ」
「なんだ?」
セイランはすぐに答えず、いきなり立ち上がろうとして大きくよろめいた。
「危ない!」
倒れかけたセイランをジュリアスは受け止めた。ジュリアスの腕に抱えられたセイランはそのままジュリアスの胸に顔をうずめる。
「……セイランっ…」
「すみません……このまま…もう少し…ああ、暖かい…」
「セイラン…?」

セイランはジュリアスの体から発せられている光のサクリアを、まるで自分の体に取り込むことができるかのような気がした。こうやってジュリアスと体を接しているだけで、踏み躙られ、打ち砕かれた自分の大切な何かが元の形に戻っていくようだった。
(そうだ。僕はセイラン。僕は娼婦じゃない。僕の生き方はそんなのじゃない。それに僕は、誰の所有物でもない。誇りを持て。胸を張れ、セイラン。)

「セイラン、どうした?」
セイランは両腕をぐいと突っ張ると、ジュリアスの体から離れた。
「すみません、ジュリアスさま。もう大丈夫です。」
セイランはつい、と顔を上げると少し気難しげに微笑む。

ジュリアスはその顔を見て目を瞠った。以前の、聖地に呼ばれたばかりでまだどうにも扱い難かった、あの時のセイランの表情が戻っているように思えたからだ。
「僕も行きますよ。これ以上みんなに恩を売られたくはないですからね。」
「そうか。では、心してついて来るがよい。」
「ジュリアスさまも、お気をつけて。」
「そなたこそ、無理はせぬがよかろう。」

そう言って、二人は顔を見合わせて微笑むと、武器を取り、皆の待つ外に向かった。


サクリファイス・完



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〜いいわけ〜

長くなりすぎたのでひとまずここでお終いです。
もちろん、これは続きます。まだ伏線貼りっぱなしですもんね。
どうやらこの先、だいぶゲームと違う話になりそうです。
もちろん陛下を助けなきゃだし、あっちの連中との決着もつけなきゃだし。
うう……でも殺したくないでしゅ。
アリオスも、偽守護聖も、好きだもん。

ではまた。よかったら感想教えてね。これからの希望もね!